蓮華・宝・剣・梵徳を,左手には鈷・宝輪・戟・索を持す。菩薩のまわりに梵字の陀羅尼を円形に刻し,四供養菩薩をはさんで外側に方形に旋回させる。外枠には,四角に神将,四辺中央に一体ずつ仏坐像を配し三鈷と種子を交互にめぐらす。成都出土のものよりは構図が複雑化し,彫成も細緻であり,彫板印刷技術が格段に進歩していることがわかる。また,的確な線で刻された菩薩の優美な姿態や衣文は,背景に,すぐれた専門画家による下絵制作が行われたことを思わせる(注17)。次に,北宋のものでは,太平興国五(980)年の刊記と「施主李知順」「王文沼彫板」の刻記を有する大随求陀羅尼輪曼荼羅が大英博物館に所蔵されるが,先学によりすでに論じられているので図像的説明は省く(注18)。これも小さく折り畳まれていた跡を残す。洛陽出土のものと比較すると,絵画的要素が増し,主尊を中心に旋回する陀羅尼の大輪を宝池に立つ二竜王が下から支え持つ図様で,視覚的インパクトを強めてはいるが,彫板は幾分粗く刻線に硬さが目立ち,護符として類型化される傾向にあったことが読取れるが,それだけ頻繁に覆刻されていたが為であると推察出来る。他にも同様の用法の随求陀羅尼護符と目される遺品に,絹本墨書のもの二点(注19)の存在が知られる。出土状況の報告されている遺品については,全てが墓中の死者の頸や腕に帯持されていたことが判っており,護符として経に説かれる通りに用いられていたことが実証される。聖観音そのものを本腺とする陀羅尼護符もある。大英博物館所蔵で五代とされる千転陀羅尼輪版画〔図4〕である(注20)。刻銘に「此聖観自在菩薩千転滅罪陀羅尼有大威力能滅衆罪転現六根成功徳体若帯持者罪滅福生当得作仏」と有りこれも陀羅尼帯持による除災招福の益得を示す。円相内蓮台上に坐す観音のまわりを円方両形で旋回する梵文は,呪五首(大正新修大蔵経二0)の内の能滅衆罪千転陀羅尼呪と殆ど一致しており,観音の頭上より始まり右回りに外へ広がる(注21)。円形陀羅尼の外側には嬉・覧・歌・舞の四供養菩薩の種子を蓮台上に配す。フランス国立図書館には,これと同版の千転陀羅尼図を三枚縦に貼り合わせたものや,この陀羅尼図一枚と「救産難陀羅尼」と刻され梵字を伴った護符十一枚とを貼り合わせた例もあり(注22),各種護符を随意に組み合わせ目的に合わせて諸願成就を祈求していた事が判る。書写し,また念ずるほどに霊験が高まる陀羅尼の護符を,一枚ではなく複数貼り継いだ例が遺存することは,印刷による繰り返しの祈願と同様に,多ければ多いほど効き目があると信じられていたことを具体的に示すものである。-254-
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