ことを示す。これらは,前述の曹元忠による観音像印造のように,個人の祈顧が印刷により「復唱」された実例である。呪術力を説話的に図示する版経は他にも仏頂心陀羅尼経と題される遺品があり,これも観音の霊力を強調するものである。主な作例としては扉画のみ有する崇寧元(1102)年版〔図7a, 7 b〕(注33),それに近似する扉画を持つ乾道八(1172)年版(注34),扉画に加えて経文の上段に挿図を有する嘉靖四0(1561)年版(国立国会図書館蔵)があり,その他数点が中国や欧米に残る(注35)。経文上中下巻を完備する国会図書館本から知り得るその内容は,この陀羅尼を読誦書写すれば観音が,安産・女人成仏・極楽往生などを成就させるとし,普門品観音経とは別個のものである。さらに秘字印と称される呪文符の具体的使用法と呪力を示すなど観音の霊験をより普遍的,かつ実践的なものに為し得ている。崇寧元年版の扉画〔図7a〕は,釈迦説法図を中心に,阿弥陀浄土への往生,観音が僧や居士に変化して救済する姿,官人や長者にまつわる霊験諏など主な場面を抜粋し,動きのある描写で図示している。巻末には「子孫蕃盛福寿増延」を願い石氏とその妻が印施したことが刻記される。尚,国会図書館本と共通して,経文の末尾に陀羅尼と秘字印を加えており〔図7b〕,より一層の呪力増大を祈求したことがわかる。新出の資料では,インディアナポリス美術館に蔵される万暦ー四(1586)年刊行の観世音菩薩救諸難呪と題記のある扉画付きの版本がある〔図8〕(注36)。図柄は出相観音経にも見られる定型化した諸主題を集めたものではあるが,注目したいのはこのー図を以て観音経救済例を集約させていることである。本文は先ず呪文で始まり,続けてこの呪文を一千回念じたり一千巻印施することで得た観音による除災招福の霊験事例を連記している。巻末の木牌には「経千巻保佑夫妻偕老福長災消……」と,夫婦の円満幸福を祈願して俗人が一千巻分の布施をしたことが記される。観音経の霊力を扉画一図に凝縮させ呪文を配し,その復唱による霊験諸例を列挙し末尾に個人的祈願を添え,さらにそれを繰り返し刷り出すことで益得増幅を祈求したことを示す興味深い作例である。(六)結語称念による諸願成就を強調する陀羅尼と観音信仰の共通性に着眼し,効験増強を願うが故に印刷術を以て複数作製されたと考えられる経巻や護符などの特色を,唐代に-256-
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