鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
312/747

⑬ 清朝磁器の諸相I 素三彩の色彩と文様一官窯品と民窯品の比較研究者:慶應義塾大学大学院後期博士課程柏木麻里はじめに清朝(1644-1911)の官窯が置かれた景徳鎮御器廠は,明代以来の基盤のうえに立ちながらも,さまざまな新しい磁器を生みだし,独自の様式を築きあげた。明の官窯が明末の動乱期に閉鎖を余儀なくされて後,景徳鎮窯業は,宮廷に代わる市場を求めて国内外に向けた新しい磁器を作りだしていた。清朝康煕年間(1662-1722)に復活した官窯は,これら明末清初民窯の影響を強く受けながら,その後の清朝磁器様式の基礎を形成していったのである(注1)。本研究者は清朝磁器の様式形成過程を,官窯と民窯の関わりや,陶磁器以外の要素との関わり,また官窯と民窯の市場の違いなど,複合的な視点から考察する必要があると考え,台北・故宮博物院や日本国内に所蔵される清朝の官窯・民窯磁器の調査研究を行った。今回は,その中で特に素三彩と呼ばれる種類の磁器に焦点をしぼって,民窯と官窯のかかわり,康煕官窯素三彩の成り立ちを考察したい。素三彩とは,素焼した磁器の上に黄・緑・白・紫・黒・藍などの色釉で装飾し,低火度で焼成した磁器を指す。素三彩には,上記の釉薬すべてを使うものから,この中の三色,あるいは黄と緑,緑と紫など二色の組み合わせのものまでがある。同じ多彩色磁器でも,あらかじめ透明釉で施釉焼成した白磁に上絵付けをする五彩・粉彩と,無釉の素地に直接加彩する素三彩とは異なる技法で作られている。素三彩の技法はすでに明代にあるが(注2)'清朝素三彩は新しい要素を加え,明の素三彩を大きく発展させたものととらえられている。なかでも明の素三彩にはなかった白色釉薬が加えられたことは,清朝素三彩の第一の特徴に数えられる。ここでは,明末清初の民窯と比較しながら,康煕官窯がそこから何を取捨選択したのか考察し,官窯素三彩の形成過程を探りたいと思う。なお,これから取りあげる民窯および官窯の素三彩とは,次のような製品をいう。民窯素三彩ー一明末清初から康煕年間にかけて,中国国内・ヨーロッパ・日本な-301-

元のページ  ../index.html#312

このブックを見る