鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑮ 『王書』“ザールの巻・ロスタムの巻”における馬について研究者:岡山県立大学デザイン学部助教授甲子雅代フィルドゥーシー(注1)の『王書』(注2)は約30年の年月をかけて,ペルシア語で書かれたイラン最大の民族叙事詩である。人類の祖カユーマルスに始まり,ササン朝滅亡にいたるまでの4王朝50人の諸王についての事蹟が,神話・伝承・伝説・歴史などの列伝体で詠いあげられている。内容は神話・英雄・歴史時代に分類されており,小論で取り上げるザール,ロスタムの2巻は「スィースターン伝説」と呼ばれるイラン東部の英雄物語を基にした,ナリースーンの王サーム,ザール,ロスタム3代にわたる叙事詩で,英雄時代に属する。英雄物語には武勇伝がつきもので,戦闘に関する記述が多数見られる。ロスタム(伝説の霊鳥スイームルグに育てられた白髪のザールとカーブル王メヘラーブの娘ルーダーベとの間の息子)の巻には〔図1〕,特に「七つの道程」の中で戦闘場面が(相対するものが人間,あるいは動物一―—想像上の動物も含めてれ,それが写本挿絵の格好の主題となっている。ここで,2巻に記述されている動物を,想像上の動物も含め,その数を大雑把であるが列挙してみる。ザールの巻;スイームルグ(11)・獅子(6)・豹(3)・鳥(16)・馬(19)・魚(1).鰐(1).象(5)・虫(1)・羊(1).野櫨馬(2)・蛇(1)。ロスタムの巻;スィームルグ(3).鳥(4).豹(1)・馬(71)・象(17)・酪馳(7).蟻(1).ラクシュ=ロスタムの愛馬(39)・獅子(11)・龍(20)・玲羊(1).野嘘馬(6)・羊(8)・チータ(1)・悪鬼(45)・白鬼(24)・魔物(9)。以上のように多数の動物が登場し,さらに比喩的表現として使われている動物を含めれば,その数は増加する。そして,その比喩により,それぞれの動物に与えられている属性を推測することができる(注3)。小論においては様々な動物の中で「馬」について考察したい。古米,馬は人間に近い動物とされ,馬に関する記述(神話・民話・文学・比喩など)の数は膨大なものである。有翼(ペガソス),あるいは半人半馬(ケンタウロス)のように形象も自在に変えられ,その姿に様々な象徴性が与えられてきた。古今東西のあらゆる文化が「馬」に託した思いは共通するものが見られる。馬には純粋と不純,天上(生)と地下(死),であれ)生き生きと表さ-330-

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