鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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幸運と不運,有翼と蛇身など背叛する属性が与えられている場合が多い。ザールの巻では「生きている限りは馬はわが伴侶」と明言されており,ロスタムの巻にはラクシュ(注4)を含めれば約110箇所で馬に関する言及がなされている。それらの箇所からみると「従順で聡明,駿足で象のような巨体の栗毛で,鍼の長いアラビア馬」が最上とされている。さらに,馬は「黄金の馬勒をつけられ,甑には靡香やサフランが塗られ,きらびやかに飾り立てられている」とある。ラクシュの価値は「イランの国土」であり,この馬の持ち主は「世を正す者」と比喩されているように,その姿は権力=支配者(ロスタム)の姿を見事に印象付けている(注5)。ザール,ロスタムの両巻における馬の表象は,常に,人間との関係が単なる乗物としてだけではなく,乗り手の助力者として,かけがえのない存在である側面が強調されている。特に,ロスタムとラクシュは出会いから両者の死まで,ある種の運命的な絆で結ばれていた。ロスタムが馬群の中から,烙印のない,バラ色の馬を選んだ折り,人々に「この馬の持ち主は知らない。ロスタムのラクシュと呼んでおり,あなたがロスタムならこれはラクシュである」と言わせているように,ラクシュの存在が予言されていたことを窺わせる(注6)〔図2〕。ロスタムの巻「七つの道程」における個々の「馬J=ラクシュの記述を具体的に挙げてみる。第一道程:ラクシュと獅子の闘い〔図3〕。ロスタムが熟睡している夜半,ラクシュは獅子と闘い,これを倒す。獅子は「その住処は象でさえ葦を抜く勇気がない」と形容される猛獣であり,それを倒す者は勇者とされる。ラクシュは「獅子を見ると火のように激怒し,前脚を突き出して獅子の頭を蹴り,鋭い歯で背中に噛みついて,地面に倒し,引きちぎり,野獣をその術策で無力にした」とある。第二道程:ロスタムは泉を見つける。灼熱の旅の途中,渇きに喘いでいたロスタムとラクシュは雌羊により泉を見つけ,喉を潤す。その後,「争い好き」なラクシュに向かって,「誰とも闘わず,親しくなるな。敵が此方に来たら,私の所に駆けてこい,悪鬼や獅子と闘ってはいけない」と戒めている。第三道程:ロスタムと龍の闘い〔図4〕。悪鬼さえ恐れる龍が現れるが,ラクシュは戒めを守り,自ら闘うことをせずロスタ-331-

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