鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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象させている。預言者の乗物として譴馬が使用されることになり,譴馬は羊と共に神聖なものとされていく。ダビデの時代にも敵の馬の腱を切る逸話,彼の息子ソロモンも戦利品の馬に関する逸話があるように,『旧約聖書』においても馬を貴重品とする記述は多数見られる(注9)。その後,西アジアにおいて馬は豊饒をもたらすものとして崇められ,それは後世,『ヨハネ黙示録』において,馬は神の意志を人間に伝える天使のカ・権力の象徴と姿を変容させている。それゆえ,偶像崇拝的・現世的なものとして,馬の取り扱いについての警告が繰り返されている。イスラームにおける「馬」について,『コーラン』から有名な箇所を引用すると下記が挙げられる(注10)。第8(戦利品の)章第60節「おまえたち,できるかぎりの軍隊と騎馬隊を彼らにたいして準備し,神の敵とおまえたちの敵,そのほかに,おまえたちは知らないが,神のみが知りたもう敵どもを恐怖におとしいれてやれ。おまえたちが神の道のために費やすものならなんでも,十分に返済され,けっして不当にあつかわれることはない」。第16(蜜蜂の)章第8節「また,馬にせよ,らばにせよ,ろばにせよ,おまえたちが乗るために,また飾りとして造りたまい,知らないものも造りたもうた」(注11)。この事から,馬が一つの側面として乗物(特に軍事用)であることが明記されているが,その他に蓄積された財産・金・銀などと共に奢修の対象として戒められるものであった。反面,『ハディース』には「馬の前髪には,復活の日まで天国の褒美と戦利品が結びつけられている」と数力所で語られているように,馬は一種祝福された存在であることも読み取れる。「名馬」とは「焼き印を押した馬」の意味であり,持ち主がアッラーに祝福された由緒正しい者が調教したものである。血統の正しい馬とは疾走時に三脚で走り,ー脚は必ず地に着いているもので,常に冷静さを要求される。また,軍要な軍事・行政制度であるバリード制(駅逓制)の伝達手段として駿馬が使用された。さらに,支配者階級の遊技であるポロ競技にも馬が使われたため,名馬が求められたことも馬の価値をいやが上にも高騰させたのである〔図8〕。さらに,『ハディース』では「馬には3つの区別があり,それは或る人には報いの源(報酬=来世の報い)となり,他の人には護るもの(保護=貧困に対する保護)となり,また他の人(見栄と自慢のために持つ者)には耐えがたい重荷となる」とあるよ-333-

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