造形芸術が,その時代の生活様式•生活感情を色濃く反映するとすれば,「表出·描優美な形象で表出した。それは,古代より模索し続けた,ある種のイラン的絵画の理想を実現したものと言える。イラン人は古来,動物を描くことを好み,その図像化の技に長けていたことは歴史的に明らかである。特に紀元前3世紀頃にホラサーン地方に興り,短期間の内にインダス川からメソポタミアにわたる帝国を築いたパルティア美術の狩猟壁画に顕著に表れており,後世に大きな影響を与えている〔図11〕。ドゥラ・ユーロボスの狩猟図は,優れた躍動感と写実性を備えたものであり,その形態はササン朝ペルシアの動物図に比べ,『王書』における動物図像に類似する点が多く,遠い原型を思わせる〔図12〕。パルティアの国名を取って名付けられた「パルティアン・ショット」は古代ローマ帝国軍をも度々退却を余儀なくさせたという独特な騎馬戦の方法として有名であった。この「後ろ向きに矢を射る姿」がイスラーム時代の戦闘図・狩猟図の騎馬像となって,生き生きと多用されてる〔図13〕。イスラーム絵画は宗教的制約を受けてはいたが,時代が経るにつれ,イランを中心とした写本挿絵には叙情的な詩と美しい挿絵が表出された。イラン人の優れた芸術家によって,初めてイスラーム美術は芸術の本来的な自然と人間性を呼び戻し,イラン的知性と言われる独自の文化を構築したと言えよう。イラン的写本挿絵で特徴的なのは,イラン人が自然界に存在する全ての物が神による被造物,特に美なるものは善きものという潜在的感覚を持っており,その感覚的表象をイスラーム世界に展開したことである。写形態」は「表象(知覚・記憶・想像)形態」の提示を最大の目的としたものである。そこに時代精神に呼応するものを読みとることは困難ではないだろう。造形活動がその表象性を発揮する時には,伝統的な思想がその時代の象徴を喚起することは往々に見られる。イランには特有の庭園思想が存在していた(注20)。総合的に構成された宗教芸術の中で,現実の自然にも神の恩寵を感じ取ることが出来る直観的感性が生まれ,それゆえ挿絵写本の写実表現にも精神性が含まれるのである。文様や象徴的図形の制作において,イラン的イスラームはみずからの世界観を実感的に,かつヴィジュアルに伝えようと,様々な造形芸術を生み出す努力を惜しまなかった。この様な造形的工ネルギーを持つ文化圏はイスラーム世界に類を見ない。野を駆ける馬の躍動感•生命カ・美しさ・気高さ・豊かさへの憧憬はイラン人にとっては,古来から繰り返し慣れ親しんだ存在である。また,このような馬に対する思いはイラン人がこよなく愛した楽園のイメージと重なり,それはまさに他のイスラーム世界とは異なるイラン的イス-336-
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