鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑰ 18世紀フランス美術における蒐集家・愛好家の活動とその影響_18世紀後半のパリを中心に_研究者:青山学院大学非常勤講師矢野陽子はじめに「18世紀,キュリオジテは輝かしい一歩を踏み出した」とボナフェは記している(注1)。自然の産物であれ,人の手になる作品であれ,珍しく貴重なものを求める欲求は,18世紀のフランスに限ったことではない。メダル,貝殻,動植物の標本,美術工芸品など実にさまざまな物が古くからコレクションの対象とされてきた。こうした蒐集物を陳列しておく部屋をフランスではキャビネというが,この言葉はコレクション自体を指しても用いられ,18世紀においてはコレクションを所有していることを「キャビネを持っている」と言うほうが一般的であったようである。そして主に絵画を並べる部屋を他の蒐集品陳列室と区別してキャビネ・ド・タブローと呼んでいた。この時代,フランスで,とりわけパリにおいて絵画を中心とするコレクションが数多く形成されたが,美術作品を蒐集していた愛好家はどの位いたのだろうか。いくつかの数字を挙げてみよう。ゴー・ド・サン=ジェルマンは,難しく危険な絵画市場についての指針を提供する目的で1816年に出版した『絵画愛好家の案内書』のなかで,18世紀フランスの美術愛好家(アマトゥール)を74人挙げている。17世紀の美術愛好家として列挙しているのは,ルイ13世およびルイ14世を含めて34人であるから,著者との年代の隔たりによる情報量の違いや単純な人口の増加を考慮しても,18世紀に美術愛好家の数が増加したとみてよいだろう(注2)。エベールのパリ案内には,パリの重要な美術コレクションが15ほど紹介されている(注3)。ドゥザリエ・ダルジャンヴィルの『ピトレスクなパリの旅』に挙げられているコレクションを公開している蒐集家の数は,1770年版では約10,1778年版では29ほどである(注4)。リュック=ヴァンサン・ティエリーの『美術愛好家とパリ旅行者のための案内書」は,パリとその近郊の見どころを紹介したガイドブックだが,絵画コレクションについてかなり詳細な記述がされている。パリにある主として絵画を蒐集したキャビネは,1787年版では29挙げられている(注5)。これらの同時代の記録はいずれも数行で終わっているものから何頁にもわたって記されているものまでさまぎまである。その差は,ひとつにはコレクションの規模によるものであり,もうひとつはコレクションの公開の度合いによる-356-

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