たロココ様式の室内の壁一面に絵画が飾られていたことが分かる。また上流階級の風俗を記録したジャン=ミシェル・モローが描く生活情景は,典型的な貴族のオテルを舞台としている〔図4,5, 6〕。これらは実在する貴族の室内の写実的描写ではないが,そこに描かれている私室や書斎にはそれぞれに相応しい絵画が配されている。楕円形の額が多いことと,プライベートな空間にカーテンを付けたおそらく官能的な主題と思われる小品が飾られているのが興味を引く。官能的な裸婦像を寝室のアルコーヴ内に掛けるやり方は,18世紀風に設えられたニッサン・ド・カモンド美術館の寝室にも見られる〔図7〕。また室内に掛けられている絵画が明確に描かれている絵画作品としては,ショワズール公の煙草入れを飾るブラレンベルヘのミニアチュールがある〔図8,9〕。煙草入れの蓋の部分に表されたショワズール公の寝室や,箱の側面に表された天井から照明が吊られている八角形の間には彼のコレクションが判別できるように描かれている。アンリ=ピエール・ダンルーによるブザンヴァル男爵の肖像は,ティエリーの文章と一致する貴重な絵画資料であり〔図10〕,暖炉の脇の緑色のダマスク織りの壁に掛けられた作品の大半は作者と主題をほぼ同定することができる(注19)。またおそらくユベール・ロベールの作品だけを並べたと思われる書斎を描いた作者不詳の素描では,油彩画が床から約2メートルの位置に壁ごとに対をなすように掛けられ,水彩画は間近から見ることができるように目の高さに掛けられているのがわかる〔図11〕。ラ・キュルヌ・ド・サント=パラエが伝えるクロザのキャビネの様子は,その記述内容が詳しいだけに,当時の展示方法をよく教えてくれる。著者は部屋ごとに陳列作品の題名と作者,さらに材質と寸法も記している。この記録はクロザのキャビネの厳密な展示方法に呼応していると考えられる。例えば,一階の第三室では,扉口を入って左側の壁の中央から説明を始めている。そこにはヴァン・ダイクの宗教画があり,その下にレンブラントの《聖母子》がある。次にこれら2点の右側にある4点を上から順に,そして中央の2点の左側にある4点を上から順にという具合に説明していく。左右の小品の寸法に注目すると,左右でほぼ同寸法のものが選ばれており,寸法にも充分配慮していたことがうかがわれる(注20)。このようにシンメトリーを重視するだけでなく,明らかに重要な作品を中央に置き,その両側には小品を配すことによって中央の作品がいっそう目立つようにしているのである。この展示方法には作品の価値判断が含まれていると考えられる。-361-
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