⑲ 九州の八幡縁起絵と天神縁起絵研究者:鹿児島大学教育学部講師下原美保九州は八幡信仰および天神信仰の舞台となった土地であり,そのためこれらを題材とした縁起絵が杜寺に点在している。ここでは,近世初期に制作された笛崎宮蔵「箱崎八幡宮縁起」,同宮蔵「絵入縁起」,太宰府天満宮蔵「北野天神縁起絵巻」,同宮蔵「菅公御縁起画伝」について報告したい。周知の通りこれらの社寺縁起絵が制作された近世初期は,各藩の御用絵師の体制が未だ充分には整っていなかった。そのため,地方において縁起絵を奉納する場合,中央へ制作を依頼することがほとんどであった。「箱崎八幡宮縁起」,「絵入縁起」,「北野天神縁起絵巻」はこれにあたる。しかしながら,同時にこれら中央作の影響を受けながら,在地の絵師によって九州に関わりの深い説話を取り入れた縁起絵も制作されている。「菅公御縁起画伝」は,その好例であろう。以下に,これらの縁起絵について,今回の調査でわかったことを記したい。筐崎宮蔵「箱崎八幡宮縁起」二巻(紙本着色上巻33.6 X 860.8 下巻33.7X 1093.6) この縁起絵は,絵画部分を住吉具慶が担当し,詞書部分を久我廣通以下十六人の貴族が執筆したもので,その奥書より寛文十二年(1672)に笛崎宮へ奉納されたことがわかっている。現在は,上下二巻からなり,上巻は詞書二段,絵六段,下巻は詞書四段,絵八段と筈崎宮の境内図,そして奥書から成り立っている。度重なる修復のためであろうか,本縁起は詞書,絵ともに切断され,錯簡のまま仕立てられている。住吉具慶が担当した絵画部分は,全巻にわたって発色のよい上質の顔料を使用し,樹木や小山の一部には金泥がほどこされている。場面によって,あつく顔料を彩色したつくり絵的な部分と,薄い彩色で勢いのある筆の運びをそのまま生かした部分が見られるが,統一感があり全巻を通じて具慶が描いたと考えられる。さて,住吉派は,かれらの作品群や,「住吉家粉本類」あるいは「土佐派絵画資料」等の資料からもわかるように,徹底した古典学習を行なっている。具慶も父如慶のもとでこれらを習得したのであろう,本縁起にもその形跡がうかがえる。例えば,ゆるやかな曲線の内側に緑青をあつく塗りこめた土坂や,左右に枝をはる類型化した松,薄い紺の顔料の上から淡墨線でうねりを描き,白い胡粉で飛沫をあらわした波などは-384-
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