この一連の変遷のなかで，肥前と比較しようとする時代は，16世紀後半以降の時期である。それは唐津焼は16世紀後半に始まることによる。それ以前は肥前には施釉陶器の窯はなく，窯業として美濃と競合することはなかった。やきもの生産が産業として成長し，流通の面で競合するようになってから，様式上の影響関係が生まれてくる。美濃のやきもののうち，特徴ある様式を選び出し，その様式の出現順に並べれば以下のようになる。天目・瀬戸黒・黄瀬戸・志野・織部・御深井である。それぞれが釉薬・文様・形において特徴をもち，作品を分類するときの名称として常用されている。こうした様式の作られた期間は長短あるが，もっとも優れた作品の生み出された期間は案外短いものである。天目茶碗はさまざまな種類があり，年代を絞るのは難しいが，瀬戸黒・黄瀬戸・志野・織部の最盛期は10年から20年の幅に収まる。年代の基準とするため中心となる年代を付記すれば，瀬戸黒（1570■80年代）・黄瀬戸（1580■90年代）．志野(1590■1600年代）・織部(1605■20年代）・御深井(1620■50年代）となる。美濃の様式に対して唐津の様式を挙げてみよう。唐津焼は1580年代に始まるのが定説とされている。波多氏の居城のあった岸岳山麓に開窯された飯洞甕窯が最も古いとされる。この飯洞甕窯と周辺の窯で焼成されたものが唐津焼の最初期と見なされるが，釉薬は藁灰釉・土灰釉，技法はろくろ・叩き，器形は皿・瓶・甕に特徴がある。このうち様式としてのまとまりをあえてあげれば藁灰と叩きである。具体的には，藁灰はろくろ成形の小皿や瓶に，「叩き」は褐釉の甕に代表される。藁灰は様式名として呼ぶときは，斑唐津とよばれる。斑唐津の主要年代は1590年代であり，叩きは内面の当て木痕が青海波状のものであれば1590年代から1610年代のものに多い。また飯洞甕窯から出土した彫唐津も特徴がある。岸岳諸窯の次に松浦系•平戸系・武雄系などの古唐津諸窯が興るが，様式としては絵唐津•朝鮮唐津・叩き唐津・三島唐津・ニ彩唐津などがある。これらのうち年代を絞りやすいものに基準の年代を与えると，絵唐津(1600■20年代）•朝鮮唐津(1600~30年代）となり，比較的長い期間作られたものに三島唐津(1610■1700年代）・ニ彩唐津（1610■1700年代）がある。また叩き唐津は，甕を含めば近代まで延々と続くが，水指などの茶陶に限定すれば，1600年代を中心とする期間にまとめられる。唐津焼のほかには，肥前においては伊万里焼が1610年代に始まる。様式名としては17世紀前半のものを初期伊万里と総称している。美濃と肥前のやきものを様式において，各年代の近いものと比較すれば以下のよう-416-
元のページ ../index.html#427