鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑮ ヤン・ファン・アイクの寄進者像の形成における「新しき信仰」運動の影響について研究者:宇都宮美術館(仮称)準備室学芸員伊藤伸子1.調査の目的1400年代のネーデルラントでは,富を蓄えた都市部の市民たちによって芸術への様々な貢献がなされた。そのひとつが,教会への聖画像の寄進である。従来は王侯,貴族の手にゆだねられていた芸術へのパトロネージが,富裕な市民によって,あるいは同業者組合のような市民集団によって,行われるようになりつつあった。寄進者の肖像を奉納画の中に描きこむことは古代以来行われてきていたが,前世紀イタリアのジオットによるエンリコ・デッリ・スクロヴェーニ像を喘矢として,聖人と同じスケールの寄進者像が描かれるようになった。稀代の「成り上がり者」ニコラ・ロランが聖母子と対等に向かい合う自分を描かせたヤン・ファン・アイク作『宰相ロランの聖母』は,寄進者としての市民の肖像の,ひとつの到達点と言えるだろう。筆者は市民層の勢力拡大とそれに並走する寄進者像の発展に関心を持ち,15世紀のネーデルラントを対象に調査をすすめてきた。はじめに当時の寄進者像についてその表現方法を分析したところ,そこにはふたつの類型が見いだされた。ひとつは,聖書の物語に題材を得た情景描写の中に,寄進者があたかも聖書の登場人物のごとく参加している「目撃者」型の寄進者像である。代表的な作例にはロヒール・ファン・デル・ウェイデンの『ブラデリン祭壇画』,同『コJレンバ祭壇画』などが挙げられる。また,複数のパネルからなる祭壇画の中には,物語場面を中央パネルに,寄進者像を翼パネルに,両者が住まう空間の連続性をほのめかしつつ聖俗を区画して表す作例が少なくない。フレマールの画家の『メロード祭壇画』がこれにあたる。これに対するもうひとつの類型は,礼拝像としての性格を強く持つ聖人・聖者のイメージに寄進者が詭拝する「礼拝者」型の寄進者像である。こちらの代表的な作例には,前出のヤン・ファン・アイク作『宰相ロランの聖母』,同『ドレスデンの三連祭壇画」,同『ファン・デル・パーレの聖母』,そしてペトルス・クリストゥスの『ヤン・フォスの聖母』などが挙げられる。むろん,ここで述べた寄進者表現のふたつの流れは,フレマールの画家からロヒール・ファン・デル・ウェイデンヘ,ヤン・ファン・アイクからペトルス・クリストゥスヘといったように,ふたつの画派に厳密に帰属しているというわけではない。この点は明言しておかなくてはなら-445-

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