鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑲ R.グロステストと同時代の建築装飾研究者:湘南国際女子短期大学助教授高野禎子はじめに聖堂建築とその設計,施工にあたった聖職者の指導的役割がどのようなものであったか,例えばある司教が独創的な思想家であった場合,その理念や行動といったものが聖堂建築にあたって反映されるのかどうかという問題に,私は,かねてから関心を抱いてきた。大聖堂建築の時代といわれる12-13世紀,フランスのゴシックとは異なる形で発展を遂げたのはイギリスである。ここではイギリスの初期ゴシック様式を代表するリンカン大聖堂と司教R.グロステストを取り上げる。リンカン大聖堂には,“crazyvault" と呼ばれる特異な構造を有する内陣がある〔図1〕。この大聖堂が建てられた当時の司教がグロステストである。中世を代表する知性が同時代の建築とどう関わったか。年来の課題であったこのテーマに対し,この度助成金を得て渡英し,新たな資料収集にあたった。以下はその報告である。の要職にあった。サフォーク州に生まれ,オクスフォードとパリで教育を受けたグロステストは,1214年から21年までオクスフォード大学の初代総長を務めた人物で,新興のフランシスコ修道会の活動を支援し,教会改革に積極的に取り組んだことで知られている。一方で彼はまた,後進のロジャー・ベーコンRogerBaconに継承されるイギリスの光学研究の端緒をきずいた学者でもあった。殊に彼の代表的論考『光論』Deであり,宇宙は原初の光点から無限の自已増殖によって拡散を遂げた光によって創造されたという。さらに彼は『虹論』Deirideの中で,人間の視覚の問題を扱っている。視覚は光によって成立するものであり,光の直進・反射・屈折などの諸現象を幾何学によって解明し,その現象の背後にある原因を考察する学問ペルスペクティーワPerspectivaを13世紀イギリスの神学者であり自然学者でもあったロバート・グロステストRobertGrosseteste (1168頃ー1253)は,1235年から没年に至るまでの18年間,リンカン司教luceでは,光が第一の物体的形相であるとされ,全ての自然作用の根底にあるのは光I. リンカン司教R.グロステスト-497-

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