⑩ 愛知県における近代美術の諸動向ー「愛美社」をめぐって研究者:愛知県美術館学芸員深山孝彰名古屋市を中心とする愛知県域は,東京と京都の中間に位置し,かなりの人口と都市機能・産業規模を有することにより,地域内に一定規模の文化圏を形成している。美術の分野においても良きにつけ悪しきにつけ同様のことがいえ,早く明治末に全国初の民間による総合美術団体「東海美術協会」が設立され,竣工間もない愛知県商品陳列館という大会場で展覧会を開催して一つの画壇を形づくった。しかし官展地方版のような強い権威を持ったこの協会の内容は近代に通用するものとは言い難く,愛知県の美術界が近代化の様相を呈したのは大正期半ばであり,この時期東京や京都からの新しい美術思潮の流入や美術グループの相次ぐ結成,全国展への出品などが活発となった。幾つか例をあげるなら,大正7年,愛知県出身で東京在住の官展系作家たち洋画の加藤静児と太田三郎,日本画の川崎小虎と富田苑埃,彫刻の朝蔭其明が「愛知社」を結成,翌年から名古屋で作品展を開いて当時の官展の水準を示した。またこれも大正7年,京都市立絵画専門学校の卒業生や在校生であった石川英鳳・織田杏逸・和田青雨•佐藤空鳴らが「愛土杜」を結成し同11年から名古屋で展覧会を行なって,国画創作協会の新しい気風を伝えた。愛知県からの動きでは,大正12年に帝展の鶴田吾郎を顧問に「アザミ会」を結成した尾沢辰夫や西村千太郎などがやがて二科会で活動するようになったし,大正12年に松下春雄や鬼頭鍋三郎らが結成した「サンサシオン」は作品展のほか,若い作家が参加できる公募展や帝展の外郭団体光風会との合同展を催すなど多くの話題と刺激を与え,また帝展の傾向に合わせた研究により度々入選を重ねて愛知洋画界の意識を高めた。今回助成をうけての研究はこうした美術動向の調査と跡づけであったが,本報告書では,岸田劉生と草土杜の活動に呼応するかのように細密描写で個性を発揮した大沢鉦一郎や宮脇晴らによる「愛美杜」に的を絞ることとする。大沢と宮脇の作品は,昭和61年(1986)に東京・京都の国立近代美術館で開催された「写実の系譜II大正期の細密描写」展の洋画の章「岸田劉生とその周辺」の出品画家13人中にこの二人があったことにも示されるように,明治・大正期を通して愛知県で描かれた絵画のうち最も質の高いものに属した。私は平成5年に大沢鉦一郎の年譜を作成し(注1),また助-511-
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