鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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2.調査の報告滴湘八景図の確認は,言うまでもなく,八景のモチーフがそろっているかどうかによる。山市晴嵐では酒旗のある村落,灌湘夜雨では雨と舟や葦叢,平沙落雁では砂州におりたつ雁,洞庭秋月では湖水を照らす満月,遠浦帰帆では帆を張って帰還する舟,漁村夕照では漁網,煙寺晩鐘では山間の寺院,江天暮雪では雪景色の山と水辺,という具合である。これら,なかば記号化したモチーフの表現方法と画面構成は,各画家にまかされているため,微妙に異なった多くの灌湘八景図が制作された。また,各モチーフはそれぞれ独立して山水図のなかに引用されることも多く,灌湘八景図と呼んでいいような,しかし八景を完備しない山水図(例;東京国立博物館所蔵の伝周文筆「四季山水図屏風」)や,すぐに灌湘八景図の一図として展開しそうな山水図(例:松硲筆「湖山小景図」)など,灌湘八景図と判断すべきかどうか迷う作品がおおく作られた。しかし,この紛らわしさこそ,灌湘八景図が日本の山水表現を多様で豊かなものにしたことを語っている。さて,日本の灌湘八景図の規範として,まず想起されるのが『御物御画目録』にのる牧鉛,玉澗,夏珪,芳汝の八景である。このうち,夏珪,芳汝の作品はのこっていないが,日本の灌湘八景図が,まず,これら中国の滴湘八景図から,八景に必要なモチーフがなにかを学んだことは間違いない。一例をあげると,伝牧硲筆「遠浦帰帆図」の風をはらんだ帆船は,そのまま大仙院の相阿弥筆「灌湘八景図」や,是庵筆「灌湘八景図」(個人蔵),土蔵筆「灌湘八景図」(ホノルル美術館蔵)のなかに引き継がれている。しかし,灌湘八景図の魅力は,中国の風光明媚な山水を連想させる景物や,名所絵的魅力にだけあるのではない。うつろう時や光,霧や雨,雪,風といった大気のおりなすドラマにも,魅力は宿っている。たとえば,牧硲の作品と考えられる「煙寺晩鐘図」(畠山記念館)をはじめとした灌湘八景図中の4幅は,どれも,時とともに変わる光と大気の美を迫真性をもって描きだし,深い余韻を伝えている。ここでは,日本の灌湘八景図から約8件を選び,自然の光や大気がどのように画面に再現されたのかみていきたい。とくに,牧硲と玉澗の滴湘八景図の,光と大気の異なった表現の系譜に的をしぼることにする。-522-

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