(1)牧鉛牧硲筆「煙寺晩鐘図」(畠山記念館),「漁村夕照図」(根津美術館),「平沙落雁図」(出光美術館)「遠浦帰帆図」(文化庁),および伝牧硲筆「洞庭秋月図」(徳川美術館)では,極めて微妙に繊細に墨調が変化している。「漁村夕照図」では,夕映えを表す濃いめの墨が山の端や木々に効果的につかわれているが,基本的にはどの作品も,淡墨の深いグラデーションにより,あらゆるものが大気と光のなかに包まれ,融けあっていくように描かれている。このような光や大気につつまれた山水は,牧硲が住んでいた西湖の実際の気象と風景に近似しており,この表現の背後には,実際の光や大気をそのまま描こうとする牧鉛の現実的な態度が感じられる。日本で,こうした時の推移にともなって変わる光や大気をリアルに表現しようとしたのは,相阿弥筆「灌湘八景図」(大仙院蔵)であるだろう。伝承の相阿弥作品や,相阿弥に学んだ画家の作品も,淡墨で全体を描くが,光や大気の表現が成功しているとは言いがた<,自然の光や大気に対する現実的な態度は弱いように思う。大仙院室中の襖絵だった16幅のうちの大8幅(以下,大8幅と称する)は,湿潤な大気につつまれた広大な灌湘八景の地を表現したものである。卓抜な大気や光の表現力と描写方法から,相阿弥の基準作と考えてよい。まず,画面に横への広かりと奥行きを作る,なだらかな山々と土波からみる。相阿弥は,透明感のある淡墨をつかって,没骨描で山々を描いていき,さらに淡い墨を使って披麻跛をひく。土破や岩は,山の表現に準じるもの,輪郭をひき微妙な明暗をつけて最したうえにわずかに濃い墨で披麻跛を描くものがあり,岩は墨線で襲を描き,淡墨で斧剪跛を,濃墨で点苔を表わしている。次に樹木をみると,遠近によって墨の濃浪を微妙に変えて幹を描き,広葉樹は潤いのある筆で,針葉樹は渇筆で葉を表し背後を彙している。山頂の樹木も淡墨で幹を描いたうえに,さらに淡い墨で葉を描き,濃浪の墨で点苔を表わす。とくに樹木の幹や点苔の墨には潤いがあり,筆を止めた部分にできた墨だまりは,墨の強弱のリズムを感じさせるだけでなく,相阿弥の息づかいさえ伝える。ばかのどのモチーフも,細やかな配慮がなされている。たとえば,遠景の家屋は,近景のそれとは異なり,樹林などの背後において目立たなくするだけでなく,没骨で屋村艮を描いて輪郭をわずかに描きおこすだけの,ひかえめな描法がなされ,遠い距離同調する墨/融合するモチーフ/現実相阿弥筆「灌湘八景図」大8幅大仙院所蔵-523-
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