鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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湘八景図」双幅(個人蔵)が,相阿弥筆の名で伝来している。この作品は,表現技法もまったく同じで,印を消した跡があるので,実際は「是庵」の作と考えられる。ただし,本作品よりも形式化した作品である。玉澗筆「山市晴嵐図」(出光美術館),「遠浦帰帆図」(徳川美術館),「洞庭秋月図」(個人蔵)では,各モチーフの形態は,墨の濃淡のコントラストを強調して象徴的に描かれている。このため,各モチーフがそれぞれ独自の主張をもちながら,全体としては撥墨の灌洒な作品としてまとまっている。とくに濃墨で強調されたモチーフの周囲では,潤いのある墨のコントラストが効き,光がきらめくような印象をあたえる。モチーフの形態や描写のみならず,光や大気も,墨のコントラストにより象徴的に印象的に表現されているのである。こうした光や大気の表現と効果を理解して灌湘八景を描いたのは,雪村である。また,等春筆の「灌湘八景図」(正木美術館)も玉澗に学ぶものだが,微妙な墨調の変化により,山などが大気と一体化していく点には,牧硲の大気表現への接近も感じられる。雪村は灌湘八景を一番よく描いた作家で,今日もっとも多くの灌湘八景図が伝わる。それら雪村の漢湘八景図を大きくわけると,楷体のもの(例:「灌湘八景画帖」個人蔵)と,澄墨を多様して描いたものの2つの画風にわけられ,とくに後者の画風は数もおおく,基本的には玉澗の作品を学んだものである。正木美術館に所蔵される本図はその一例で,巻末に「軸玉澗八景之図雪村老翁筆」の落款がある。もちろん,本図は,単に玉澗の作品を引き写したものではなく,玉澗に倣いながらも,自由自在に筆を走らせた作品である。山市晴嵐から始まる画面は,躍動感にあふれる灌湘夜雨や遠浦帰帆をクライマックスとして,動きのある場面と静かな場面が交互にくりひろげられるドラマチックな構成である。描法をみると,没骨で,潤いのある淡墨,中墨,濃墨をつかい,大胆な筆致で山と土披,岩を形づくり,木々の幹や葉,点苔,各屋根の輪郭,人物などのモチーフを,濃墨の線や点で象徴的に描いている。自由奔放に筆を走らせ,輩しやにじみを巧みにもちいて,たいへん潤いのある山水を描きだしているが,強い筆法もコントラストの強調された用墨法も,(1)群の作品に(2)玉澗対比される墨/主張するモチーフ/印象雪村筆「灌湘八景図巻」1巻正木美術館所蔵-526--

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