鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
549/747

II 西欧の道化の日本への伝播1 海外サーカス団の公演等2 図案おもちゃ等19世紀末のヨーロッパではピエロブームが起こり,ピエロが一種のファッションにも3 文学日本においてはこの西欧の道化はいかに伝わり,また表現されてきたのであろうか。道化といえば,まず連想するのがサーカスである。海外のサーカス団の日本公演は江戸時代末期以来のことで,明治時代に入るとかなり頻繁になる。明治中期から大正期にかけては,ほぼ隔年位の割合で様々なサーカス団が来日している。明治19年(1886)のチャリネ曲馬,明治25年(1892)と明治27年(1894)来日のアームストン曲馬などは大きな反響を呼んだようである(注2)。サーカスではないが,他に外国人の指導による道化の登場する演芸も早くから行われていたらしい(注3)。道化のイメージは,人形,おもちゃや小物等の図案,書物の挿絵などの形でも伝わっていた。日本でトランプが発売されたのが明治18年(1885)であるが,そこにはジョーカーとして道化が含まれている。しばしば道化人形が隠れているびっくり箱は,明治24年(1891)に現れ,2年後に流行を見ている。小説に,明治20年代ころの回想として唐物屋の店先におどけ人形の図案の入った西洋押し絵を買う場面もある(注4)。なっていたため(注5)'商品としてその図像が日本に入ってきた例は,記録には十分残らないものの,他にも多くあったと思う。また実際に海外で道化を見てその様子を伝える者や,道化が表わされている土産品を持ち帰る者もいたことであろう。以上のことから,道化のイメージは明治期の日本でかなり広まっていたことが推測される。しかしその伝わり方は,どちらかといえば外見的・表面的なものに留まっており,西欧で理解されているような道化の意味内容にまでは及んでいない。ところが,明治の末から注目すべき新しい動きが起こる。それは,ロマン主義の文学者たちによる活動である。西欧において画家たちの道化への関心を大いに刺激したヴェルレーヌら詩人たちの作品を,上田敏や堀口大学らが翻訳・紹介し,またアメリカやフランスの風俗を近代的感性で取材した永井荷風も,その作品に欧米の見世物,旅芸人をとりあげた。この動きはさらに北原白秋,木下杢太郎,谷崎潤一郎らの鋭敏な感性に働きかけ,創作を促した。また重要なことは,彼らロマン主義系の文学者たちと一部の画家たちが,「パ-538-

元のページ  ../index.html#549

このブックを見る