鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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⑭ 平安・鎌倉絵画における風景表現研究者:九州大学文学部美学美術史講座助手緒方知美平安時代には,季節に応じた自然の風物を詠んだ和歌とともに,四季絵や月次絵と呼ばれる大和絵障屏画がさかんにつくられ,鎌倉時代にも継承されたことが文献記録より知られる(注1)。実際に,現在のこっている当時の大画面の仏教説話画や絵巻,扇絵,経絵などの小画面絵画には豊富で多彩な風景表現が見いだせる。これらゆたかな風景表現は,近世にいたるまで変容しながらも日本絵画つまり広義の大和絵の最も顕著な特徴をなしてきた。その特徴を明らかにするためには,大和絵をうみだした平安時代の絵画作品を,主題,画面の形式や大きさ,材質や技法などの差をこえて視野に入れつつ,個々の作品において風景はいかに表現されているかということを,具体的な作品分析をとおして検討する必要がある。個別的検討をかさね,平安から鎌倉への歴史的継続の中で考えることで,当時の人々が,風景表現について如何なる造形上の問題をもち,それをどのように解決しようとしたかということを明らかにしたい。本報告では,これまで未紹介であった経絵の一遺例をとりあげ,平安時代の経絵の流れのなかに位置づけることで,当時の絵画における風景表現の問題に接近したい。なお,本作品の紹介を兼ねた研究は,「院政期経絵の一遺例」の題目で,第46回美学会全国大会(1995年10月,於東京大学)で口頭発表をおこない,論文「佐賀高伝寺の紺紙金字法華経見返絵J(『佛教藝術』224号,1996年1月)として発表した。本報告は,論文の一部に加筆したものである。佐賀市にある曹洞宗寺院,慧日山高伝寺の所蔵する紺紙金字法華経7巻は,八巻本法華経のうち,巻第五を欠き,巻第四に表紙と巻末を失った別本を混入させている。したがって当初からの一具とみなせるのは,巻第一,第二,第三〔図1〕,第六,第七,第八〔図2〕の合計6巻であり,部分的に破損はあるものの,6巻とも表紙と本文を備えた完全な形でのこっている(注2)。紺紙金字銀界線,一行十七字の楷書体の経文,金銀泥による宝相華唐草文に金字の外題をもつ表紙,同じく金銀泥により経意絵を描いた見返,金銅製撥型軸首などの装禎法は6巻すべてに共通しており,これは平安時1 高伝寺本の現状--563-

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