—レオナルド『マドリッド手稿』との関連で⑯ ヨーゼフ・ボイスの素描の記譜法研究者:同志社大学文学部助教授岡林はじめに鹿島美術財団の1995(平成7)年度の研究助成金を得ておこなわれたボイスの素描を中心とした研究は,わが国においては前例がなく,ドイツ本国においてもボイスの他の領域での活動と同じく重要な彼の研究分野として認められているとはいいがたい。だがポイスの素描の試みがレオナルドの『マドリッド手稿』(注1)との関係を見ただけでも他の領域同様,研究課題として取り上げるだけの価値を持っていることは確かである。ところが周知のように特にわが国においては,ボイスに関して美術研究の立場から言及されたことはなく,むしろ厳密な事実の確認を抜きにした評論的,印象批評的な記述が目立つ。ましてや素描やレオナルドとの関係となると,そもそもこの問題を解明するのに必要な資料すら紹介されていないのが現状なのである。ボイスとレオナルドの素描を中心とした研究がそれほど十分に進んできていない理由は,このテーマに関するドキュメントが極端に不足していることに求められるのであり,またドキュメントの位置づけ方と評価の仕方がきわめて恣意的であったことに求められるのである。したがってわが国において,この研究領域で今後成果を生むためにはドキュメントをできるだけ数多く発掘し,これらを分析し,さらに適切な評価を与えることが必要であろう。当該年度におこなわれた本研究の成果は,部分的にはすでにシンポジウムでの二件の発表とその出版(日独両国語によるインターネットによる論文刊行)によって明らかにされている(注2)。素描をボイスの活動全体の中に位置づける作業はすでに終わっているといってよい。本成果報告はボイスの素描そのものの問題性をレオナルドとの関連で論じようとするものである。I, ドキュメントとその位置づけもちろんボイスは対話集会などで素描について断片的に言葉を述べたり,またその際,教育的な行為として黒板上に図表を描いたりしている。また過去の芸術家の一人としてレオナルドの名前が挙げられたりすることも事実である。しかしもちろん本研究はこのような断片的,付随的な資料を取り上げるつもりはない。むしろこの両者の洋-581-
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