また,台北故宮博物院の所蔵品である籾九思筆の大士図を見ると,その背景は水月観音図によく見られる水辺の景物であり,特に植物一竹が数多く描かれている。よく知られているように,中国絵画史の上における祠九思は,竹を描くことに優れたとして著名である。これは,作者が自分の熟練した分野の描き方を,仏画に巧みに取り入れて表現した例である。このような観音図は,五代・宋時代の水月観音図の系統を受け継ぎながら,作者の得意な分野の表現を上手に応用して,新しい雰囲気を醸し出したものと考えられる。さらに水月観音,白衣観音,楊柳観音ーこれらの三観音の基本的な形を相互に融合させたり,組み立てたりして,いろいろと新しい観音像が成立するということは,ほかにも多く見られる。例えば,同じ台北故宮博物院が所蔵する紺紙金泥の挿図入りの妙法蓮華経観世音普門品に表わされた観音像の作品である。これらの観音の造形は,基本的に上述三観音を再編し,構成して,形成されたものと考えられる。元時代以後の観音像の進展については,以上のように簡略な説明にとどめたのであるが,五代・宋時代における観音像の発展,ことに水月観音像,白衣観音像,楊柳観音像の豊かな展開こそは,元時代以降観音の造形がさらに多種多様なものとなった基盤であると考えられるのである。-49-
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