鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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るものの,冠の中央に後方に延びる突起が付いていること,冠の両脇に連華の飾りがあること,また肩の部分で外側に反り返る突起する飾りや,袖ぐりに製のある飾りがあること,衣の裾から靴の先端が見えることなどには,共通するものがある。ケルン東洋美術館蔵「仏涅槃図」(1392年)の菩薩〔図5〕も,類似する冠をかぶっている。また,上記の吉祥天像や菩薩の白いふくよかな顔,眉や目の表情にも,「釈迦堂縁起絵巻」に通じるものがあるのではないか。また,清涼寺蔵「融通念仏縁起絵巻」上巻第六段で集合してくる諸天の衣装にも類似のものがある。「釈迦堂縁起絵巻」の人物の服装は,中国画そのものからではなく,日本で宗教上の主題,即ち現世ではない異界を描くときに使われたイメージによって,描かれたとも言えるのではなかろうか。人物の服装以外にも,「釈迦堂縁起絵巻」と十三幅本を,山水,樹木,建物,釈迦八相の場面選択,全体の構図,配色など,様々なレベルにおいて比較してみたが,類似するものは殆ど見出せなかった。「釈迦堂縁起絵巻」のイメージソースについては,更に探究する必要があろう。今後ともそれを探り,本絵巻の様式が何を表そうとするものであるのかを解明したい。それが,本絵巻の制作意図の解明につながってくると思うからである。そこで次に,本絵巻の制作背景を考えることとする。この絵巻の制作背景について語る資料は現段階では何も見出されていない。そこで絵巻自体をよく見て,本絵巻が何を訴えようとしているのかを探っていく。本絵巻は六巻よりなる。その各巻の内容をまず,見ることとする。第一,二巻には,釈迦の誕生から涅槃までの所謂釈迦八相が記される。両巻はともに七段より成り,第一巻では,生兜率天,下天托胎,出胎,二竜潅頂,立太子,納妃,四門出遊,出家鍮城が,第二巻では,剃髪,問答二仙,苦行林,尼連禅河静観,吉祥献草,三魔女,降魔成道観照,初転法輪,涅槃が記される。第三巻からは,清涼寺釈迦像の由来が具体的に述べられる。第三巻では,釈迦が母摩耶夫人のために初利天に説法に行った留守に,釈迦の不在を嘆いた優填王が,栴檀香木をもって釈迦像を作ったこと,そしてそれから一三0七年後,国王が仏法を破滅させこの瑞像を破壊しようとしたので,鳩摩羅球が瑞像を持って中国へ逃げようとし,途中,亀弦国の白純王ヵゞ鳩摩羅球を歓待したことを語る。第四巻では,瑞像が中国へもたらされ,中国の歴二.制作背景について-597-

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