鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
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—ポープ『バーリントン伯への書簡詩』(1731)における両義性⑲ 風景式庭園草創期の言説研究者:広島大学総合科学部助教授安西信一イギリス風景式庭園に関する最新の研究において,ウイリアムソンは,従来の哲学的・文学的庭園史を批判して言う。は,一八世紀初頭の美学者や文人が自然を顕揚した結果,忽然と誕生した。しかし発掘や古記録等の新資料に基づき,当時の庭園の「現実」を辿れば,歴史の歩みは連続的であり,一八世紀と一七世紀の間に劇的な落差を想定することは不可能になる。ここから彼は,当時の政治経済的状況に基づいた新しい庭園史を要請する。無論,こうした主張自体は正当である。しかし哲学・美学・文学等の理論的言説の役割に関し,事態は一層複雑であろう。例えば,理論や知的理解の媒介を経ない「現実」などあり得ない。政治経済的状況が庭園に与える影響も,イメージや観念によって幾重にも媒介されている。のみならず理論や知的理解は「現実」を様々な意味で変革し得る。実際,一八世紀初期のイギリスでは,理論的言説が実際の造園活動を先導したのである。更に理論的言説自体,ウイリアムソンが想定しているほど単純なものではない。例えば一八世紀初頭の庭園論は,単に「自然」を顕揚しただけでも,単線的進歩史観に収倣させ得るようなものでもない。コウプリーによれば,当時一般に使用可能な言説のタイプは三ないし四あり,各々自律性を備えつつ,階級的利害に支えられ,庭園論等の様々な局面で交錯していた。つまり理論的言説もまた,厚みと錯綜性・規則性を備えた「現実」・実践であり,政治経済によって侵食され,それを侵食している。本研究は,以上の観点から,一八世紀(更にはその前後)のイギリスにおける庭園論的言説を精査する。もとより当時公にされた庭園論は,少なくとも哲学的・美学的なものに関する限り史上類例のない数に上り,本報告では研究の一端を紹介するに留める。具体的には,一八世紀を通じ恐らく最も頻繁に引用された枢要な庭園論,ポープ(AlexanderPope, 1688-17 44)の『バーリントン伯への書簡詩』(1731)を取り上げる。ポープは,風景式庭園誕生の最も重要な立役者の一人とされてきた詩人である。以下先ずこの詩の政治経済的含意を瞥見し(紙面の都合上この部分は極めて要約的である),次に有用性,および自然と芸術の関係を述べた最も重要かつ有名な部分をそうした庭園史の仮定によれば,風景式庭園-616-

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