(3) ティモンとその息子すだけである。彼の陽気な小作人らは,年毎の労苦をことほぐ。しかし大地よりも,領主たる彼に感謝を述べる。彼の豊かな芝地は,乳の張った雌牛や働きものの駿馬に惜しみなく草を食ませる。彼の森は,虚栄心や見せ掛けではなく,未来の建物,未来の軍艦〔イギリス海軍〕のために生い茂る。願わくば彼の植林が丘から丘へと広がり,先ずは領地に緑陰をつくり,次には街を建てさせんことを。(173-90)この理想郷では,「出費」が完全に「使用」と調和する。すなわち美的なものは余すことなく農・林業的な有用性に吸収され,最終的には全て公共の善に奉仕している。この理想は,最終的にはティモンの息子の「感覚」(Sense)に基づくものと考えられよう。しかし後で見るように,この「感覚」は生得的であり,彼の出生以来のものである。このことは,ティモンの息子の理想的な地所にも不調和が潜在することを暴露してしまう。そもそもこの息子にしたところで,父祖伝来の土地を「享受する」世襲貴族であることに変わりはない。世襲貴族は一度は纂奪者であった。その意味でこの理想郷もまた,「不正に得られた」(15)ものに過ぎない。それゆえこの地所を拡大すれば,「隣人達」との抗争が再燃するやも知れない。「小作人」が反目する危険も常にある。行間に揺曳するこうした暗い歴史を背負いつつ,ティモンの息子は危うい調和を実現せねばならない。しかもこのユートピアは,父のヴィラと同じく,商業的・経済的現実によって侵食されている。この息子もまた,「清める」ことの必要な,その意味で本来的に罪深い「出費」を行うことに変わりはないのである。そしてティモンと息子との間にあるこの相似性は,或る意味で最も太い紐帯,血の紐帯に支えられている。ポープが理想の地所を,わざわざティモンの「息子」のものと設定したことに注意せねばならない。ポープはここで,息子の理想郷が,父の倒錯的ヴィラヘと容易に先租返りし得ることを示唆しているのである。息子が理想的調和を実現できたのは,血の紐帯によって父の土地を相続したからである。しかしその同じ紐帯が,彼に父の「浪費」癖をも受け継がせていないだろうか。息子の生得的「感覚」は,実は遺伝的「虚栄心」に他ならないのではないか。「丈高く伸びた実りの下に埋もれた」だけの悪夢は,いつまた頭をもたげるか判らないのである。それどころか,ティモンと息子との関係はたやすく逆転する。このことは他ならぬ世襲された不調和-618-
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