鹿島美術研究 年報第13号別冊(1996)
707/747

円形主室の上壁の十力所に半球形の寵室がある。多様な丸彫の像が安置されているが,入口側のニカ所の像は失われている。現存する8謳の内,維摩,文殊,観音,地蔵と特定できるものもあるが,他の4謳は図像的に不明である。維摩・文殊に類似する図像には,敦煉220窟(642年)と335窟(686年),310窟(盛唐)の維摩変相図が挙げられる。日本の法隆寺五重塔の東面の維摩・文殊の問答変相の表現様式とも関連があり,こうした図像が唐を中心に流行していたことがわかる。しかし,この2像を含むことは,他の寵像の名称の推定と,石窟庵の諸仏像が一経典に依拠して造像されたとする見方に疑問を投げかける。また,寵室の像のうち,地蔵菩薩の存在から八世紀半ばころの新羅では地蔵信仰が受容され,その図像が知られていたことも確認できる。文殊観音戒檀院厨子扉絵増長天地蔵ヽ維摩-696-

元のページ  ../index.html#707

このブックを見る