① 中世後期における六道絵と十王図に関する図像学的研究研究者:愛知教育大学助教授鷹巣生と死とはわれわれの観念の中では相互に不可分のものであり,われわれがイメージする世界とは昼である生の半球と夜である死の半球とによって構成されているのである。したがってわれわれの属する文化伝統が世界をどのように認識してきたかを探ろうとするなら,現世と他界との関係がどのように把握されてきたかということに目を向けることが重要であろう。幸いにして日本には主に鎌倉時代以降のものではあるが六道絵や十王図といった現世と他界との結び付きを示す作品がある程度まとまって遺されており,それらには純粋に仏教的な内容のみならず当時の日本人を取り巻く雑多な世界観が豊富に組み込まれている。これらの作品が示す世界観の歴史的展開を追うことで,日本人にとっての現世と他界とがどのようにイメージされどのように変質しつつ今日に至ったかを解明し得るはずだが,残念ながらこれまでの六道絵・十王図に関する作品研究は鎌倉時代に制作されたものを対象とすることが多く,まれに室町時代以降の作品に関する研究がなされた場合でもその作品の図像や構成に考察の中心を据えたものはごくわずかであった。したがって美術史の現状では,同じ日本の問題でありながら中世の現世•他界観と近世のそれとが一つの連続として認識されぬまま相互に異質なものとして放置された状態にある。現在わたしが進めつつある研究は,先学の業績を継承しつつ鎌倉時代以後近世初頭に至るまでの六道絵・十王図を中心とした現世•他界表現の変遷をたどるものであり,本研究もその一環をなすものである。本研究は大きくふたつの手法からなる。第1は絵画作品にあらわれた図像構成の展開から現世•他界の結び付きを分析するものである。この方法を用いてわたしは既に近世初頭の長岳寺本六道十王図について分析を終えているので,今回は図像構成においてこの長岳寺本と鎌倉時代の諸作例とを結ぶ位置にあると思われる茨木市水尾本六道十王図について分析を試み,中世から近世に至る六道十王図の図像構成の変遷をよ1. 1996年度助成I.「美術に関する調査研究の助成」研究報告1 研究の目的と方法-1-純
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