のような表現となっていることが重要なのである。だからこそ,眼を閉じた人物の肌の表現が石膏あるいは大理石のように描かれているのである。つまり,ベックリンの《オデュッセウスとカリュプソ》のオデュッセウス,《神託の謎》の首のない彫像が,眼を閉じた人物につながっていることがわかるのである。このつながりは,《子供の脳》に限らずデ・キリコのはかの作品にも見られるものである。つまり,《神託の謎》や《秋の瞑想》(1912年,〔図9〕)の首のない彫像が,《予言者の報酬》(1913年,〔図10〕)などの眠れるアリアドネ像に,そして《ある日の謎》づき,この延長線上に《終わりのない旅》(1914年,〔図12〕)あるいは有名な《不安がらせる美神たち》(1917年,〔図13〕)のマネキン(形而上絵画における最大の発明であり,謎の象徴)につながっていったのである。デ・キリコは彫像やマネキンを,啓示や謎あるいは神秘的なものを表現する舞台装置のひとつとして登場させたのである。その最も神秘的なものを見い出すには,われわれはもはや新しい組み合わせに訴えなければならない。たとえば,彫像がその足を台座の上ではなく,直に床においているのが考慮されるのなら,ある部屋の彫像は,それだけであっても,あるいは生きている人間と一緒であっても,われわれに異常な感激を,与えるものであろう。あるいは本物のソファーに腰掛けたり,ほんものの窓に据えられた一つの彫像から受ける印象について考えれば,わかるであろう(注18)。彫像(もしくは彫像のような人物,あるいはマネキン)を本来ある場所ではなく,思いもよらない場所に置くことにより,ありふれた出来事が新しく見え,神秘的で,独創的なものが見えるようにする。これがデ・キリコの狙いであり,形而上絵画の考え方だったのである。ブルトンは《子供の脳》などデ・キリコの作品を所有することにより,デ・キリコが独自に発見した表現方法を自分のものとして吸収し,自らの詩作や主張のなかに取り込んでいき,《子供の脳》の眼を閉じた人物に,詩人あるいは自分自身のイメージを(1914年,〔図11〕)などの台座の彫像に変わり,《子供の脳》の眼を閉じた人物へとつ5.結-116-
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