ることがやはり蚊文に記される。それぞれは鎌倉時代・室町時代・江戸時代と異なる時代に成立し,単純化すればほぼ『十王讃嘆修善紗』は『十王讃歎紗』を,『十王讃歎修善紗図絵』は『十王讃嘆修善紗』を増補したものと理解してよい。そしてそれぞれ日蓮宗・浄土宗・浄土真宗と異なった宗教環境で成立したテクストではあるが,子細に確認した結果,宗門的な立場から記された部分はごくわずかで構成の根幹にもほとんど影響しないことが判明した。したがって,すべてのテクストに共通の部分や,宗派を越えて受け継がれた増補部分は,日本人が共通して受け入れてきた認識であるとみてよかろう。ではこの共通認識のうちにみられる六道思想あるいは十王思想にはどのような傾向があるだろうか。そこでまず気づくのは説話に関する言及の充実ということである。それらの説話はいずれも『地蔵菩薩発心因縁十王経』にはみられなかったが,『十王讃歎紗』以降,加速度的に数を増して引用されるようになったことが確認できる。これらの説話のうち,個別に検討を要する特殊な性格の「法然の生涯」「雄俊,堕地獄を免る」「地獄の釜の作者」の3点を除外すると,引用された説話は,大きく二つのグループに分けることができる。すなわちその第1は廿四孝のモティーフをはじめとした,親への孝行を扱った説話のグループであり,そして第2は悪業と結び付いた人間の転生を扱った説話のグループである。そしてこのような性質の説話を引用する傾向は,実は六道十王図にもみられる。親への孝行を扱った説話のグループとしては,16世紀の出光美術館本六道絵に廿四孝に取材した三つの説話が確認できる〔図3〕。一方で悪業と結び付いた人間の転生を扱った説話のグループとしては,極楽寺本六道絵が『法苑珠林」や『三宝感応要略録』に基づく説話を少なくとも五種類図像化している。さらに六道十王図では,目連救母説話にまつわる図像が頻繁に描かれる〔図4〕が,これは悪道に堕ちた母を目連が救済することを主題とした説話で,親への孝行を扱った仏教説話のなかでも最も名高いものの一つであると同時に,目連の母が悪道を次々と生まれ変わって行くという点で,人間の転生を扱った説話でもある。テクストに増補されていった説話の二つのグループの特徴を合わせ持つこの説話を,六道十王図が好んで採り上げていたということは,『十王讃歎紗』をはじめとする三つのテクストと六道十王図との間に共通した発想が3-2 テクストにあらわれた説話の傾向-5-
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