トロワ•アフルー同紙は4頁の週刊紙で毎号2点の諷刺石版画を収録して人気を博した。その第9号ぞっとするもの」〔図1〕と,アシール・ドゥヴェリア(1800-1857)作の「この世で一番美しいもの」〔図2〕は,前者が掴み合いを演じる3人の屑拾いの老女たちを描くなら,後者は夜会のための流行のドレスで着飾った3人の上流ブルジョワ婦人たちを描く。同じ号に収録された2点の石版画の対照の意図は明らかであろう。後者の女性たちが古代ローマの「三ヮ羹冒」のイメージのブルジョワ版とするなら,屑拾いの老女たちは醜悪さにおいて,さしずめ「三醜女」とでも言えようか。市民王と自称するルイ・フィリップの七月王政を支えた上流ブルジョワ階級の妻や娘たちの輝かしい美しさと,杜会の底辺に生きる老いた女たちの獣染みた凶暴さ。この無残な対比によって編集長フィリポンは何を表わしたかったのだろうか。当然これは,誇張された社会的「類型」を使って笑いを誘うカリカチュアの常套手段であり,階級の類型はまた居住する地区にも結び付けられ,ブルジョワのショセ=ダンタン,パレ・ロワイヤルに対して,労慟者のリュクサンブール,ムフタール,最下層民の市門の界隈など,格好の戯画の種にもされている。そしてここで注目しておきたいのは,次々と諷刺画入り新聞を発行したジャーナリスト,フィリポンが,卓抜な「西洋梨」のイメージを創り出してルイ・フィリップを攻撃し,共和派の先鋒であったにしても,この1830年の2点の戯画においては,屑拾い女の悲惨な日常に同情したり,社会改革を訴えているわけではないということである。『カリカチュール』は左派系の反政府新聞として位置づけられるが,その購読者が労働者だったわけではない。同紙の予約購読料(1年で52フラン)から考えても,1830年当時の文盲率が50%を越えていたことからしても,千名から二千名と推定される予約購読者はブルジョワ階級であろうことは容易に想像できる(注1)。そして地方や外国からの人口流入によって中心を失う不安に揺れるパリの社会にあって,階級の類型を表したカリカチュアは逆に,その構造に明快な秩序を与えることになったというキューノの指摘は核心を突いている。トラヴィエスの戯画を見る者は,「老齢,貧困,女性」という三重苦を担う屑拾い女たちの惨状(にもかかわらず,たくましくもある)を,自分と無縁の「他者」のカリカチュアとして,安心して笑うことができたのである。そしてドゥヴェリアの優美な女性たちは,自分よりやや上の階級の優雅さとしで憧れを込めて見られたのかもしれない。(1830年12月30日)に掲載されたトラヴィエス(1804-1859)作の戯画「この世で一番-181-
元のページ ../index.html#190