て説明しようとするものであった。フッサールが用いる語彙の選択,語法や文体といった細部に注目し,それと表現主義文学の文体との類似を指摘しつつ,フェルマンが主張するのは,両者に共通する「思考形態denkform」であり,「現実性Wirklichkeit」の概念である。それを彼は「脱現実化的実在化entwirklichendeRealisierung」と呼んでいるが,これは,眼前の経験的現実(所与の実在)を否定しながら新たな現実(高次の本質的現実)を求めようとする態度のことをそう名付けているのである。フェルマンの議論の中で,青騎士との関わりという点で最も興味深いのはフッサールとヴォリンガーの親縁性の指摘である。フッサールが「還元」という名のもとに表したものを,ほぼ同時期に別の名称を用いて定位したのが,美学者ヴィルヘルム・ヴォリンガーであったという。彼は『抽象と感清移入」という1908年に出版された著書の中で「抽象」という概念を提出したが,この「抽象」という操作と,フッサールの「還元」という操作は,まさにその構造上の同一性を有していると論じている。「外界の現象をいわば自然のコンテクストから,存在の無限の変動からもぎとり,そこにあって生命に依存しているようなもの,つまり恣意的なもの全てからそれを純化して必然的で不動なものにし,その絶対的な価値に近づけるということが,芸術的形象化のもっとも強い衝動だったのである。」(注9)と,ヴォリンガーは「抽象」について述べるが,これがフッサールの「現象学的還元」と同一性を有していることは明らかである。そして,またフッサールが「直感」を重視していたのと同様に,ヴォリンガーも「直感を創造的形成に最も重要な要素と考え」てもいたのである。そして,このようなヴォリンガーの提唱する「抽象」衝動に誰よりも影響をうけたのが,他でもないカンディンスキーやマルクといった青騎士の画家たちだった。フェルマンの言葉を借りていえば,青騎士の画家たちとフッサールとは同一の「思考形態」を有していたのである。青騎士の画家たちは,1912年に『青騎士年鑑』を刊行する。この本は,年一回の刊行を目標としたが,結局一冊のみしか出版されてはいない。編集者はカンディンスキーとマルクで,ミュンヘンにあるピーパー書店より出版された。ヴォリンガーの『抽象と感清移入』と同じ出版社である。この『年鑑』は,マルクやカンディンスキーらにとっては,何よりもまず,自分たちの作品をどのように見ればいいのかという認識のレベルの問題を実践的に示すものであり,自分たちの作品を見る方法を人々に知ら-204-
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