鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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ィ(1852-1920)の象徴派を思わせるような主題による分割主義の大作が並び,未来b. ピッティ宮殿近代美術館(フィレンツェ市)〔図9,10〕15世紀中頃,ルーカ・ファンチェッリ・ピッティがブルネレスキに設計を依頼し,16世紀中頃にコジモ1世が完成させたピッティ宮殿に,上記のマルテッリ・コレクシ「ロンバルディア地方の新しい動き:スカピリトゥアーラ」ではクレモナ(1836-1878)という統一後のイタリアに起こった一種のロマン主義的作品が並んでいる。同施設の2階は,最初に「フォンタネージとピエモンティの後期ロマン主義の結末」でフォンタネージ(1818-1882)等に特有の暗鬱な色調の風景画が並び,続けて彫刻において光のふるえる効果を追求したメダルド・ロッソ(1858-1928)の彫刻群が置かれている。「19世紀ロンバルディーア地方の絵画にみる人道主義」には分割主義の初期の代表作でもあるアンジェロ・モルベッリ(1853-1919)く臨終の聖餐〉(1884)が最初に置かれ,イタリアの近代絵画運動がアカデミックな主題と併行して推移していったことを示している〔図7〕。続いて「崇高なセガンティーニのアルプスの自然」では分割主義の代表的作家であるジョヴァンニ・セガンティーニ(1858-1899)の放牧風景,「プレヴィアーティ,ペッリッツァと象徴主義」ではガエタノ・プレヴィアーテ派へのつながりを示唆することによってイタリア19世紀美術の最後を飾るのである〔図8〕。(コーナーの題目に書かれたペッリッツァの作品は掛かっていなかった)ローマ国立近代美術館における,19世紀美術の位置づけは明らかであろう。国家統ー運動と連動した主題の選択による作品からイタリアの近代美術が始まり,自然主義的な傾向の風景画から,イタリアの印象派とも呼ばれるマッキア派につながる。また,分割主義も純粋な造形運動ではなく,象徴主義的な雰囲気を漂わせた作品が主流となり,20世紀の未来派を予期させるのである。ヨーロッパの近代美術史の中では傍系と看過されている19世紀のイタリア美術が一つの流れとなって具現化されている,と言っても過言ではないだろう。美術館の改修か完了する2年後,19世紀美術展示館におCtる配置は展示面積も増大し,より明快なイタリア近代美術史が現われるだろう。イタリア近代美術コレクションに関しては,先に見てきたローマ国立近代美術館に劣らず,このピッティ宮殿の作品群も良く知られている。というのは,マッキア派の掠護者であったディエゴ・マルテッリのコレクションが遺贈されることによって,1909年にカッシーナ宮殿に開館したことに始まったこの美術館は,マッキア派を中心として質量共に充実した19世紀イタリア美術作品を所有しているからである。-231-

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