—第二次ラファエル前派の1850年代後半から1860年代はじめの作品における中世彩飾写本の影響—1,はじめに1848年に英国に結成された第一次ラファエル前派のグループとしての活動が1853年2, 19世紀前半の英国における中世趣味⑳ ラファエル前派における中世美術の影響について研究者:群馬県立近代美術館主任学芸員松下由里頃に終焉を迎えた後,1856年にダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828-1882年)のもとにエドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ(1833-1898年)とウィリアム・モリス(1834-1896年)が集まり,ここにいわゆるラファエル前派の第二世代が形成される。この第二次ラファエル派,特に1850年代半ばから1860年代末ごろにかけての作品に見られる「中世趣味」は,これまで主に主題の分析や個々の作品細部の比較を通じて論じられてきた(注1)。今回,実際に彼らが資料として活用した大英図書館所蔵の彩飾写本との詳細な比較研究を行ったところ,空間表現(閉じた空間,画面構成,平面的パターンによる背景処理)および色彩の効果について,共通点を見出すことができた。この影響関係は,第二次ラファエル前派が,中世の文学に主題を求めるのみならず,中世美術の造形に模範を見出して,独自の装飾的,平面的な絵画空間を構築していったことを意味するのではないだろうか。第二次ラファエル前派をとりまく19世紀前半の英国における中世趣味を概括すると,ロマン主義的な,あるいは産業革命進展下での苛酷な杜会変化に対する反動として現れた現実逃避的傾向と,積極的に過去の文化に学ばうとする杜会改革的な傾向の二面性を備えているといえよう。また,英国国教会のオックスフォード運動が,宗教改革以前のキリスト教美術を見直す転回点となり,19世紀の前半を通じて11世紀頃から16世紀にかけての教会建築から写本芸術に至る宗教美術を再発見し評価する新しい潮流が準備された(注2)。美術に対する趣味の面では,19世紀のなかば,ヴァーゲン,リンゼイ卿,イーストレイク夫妻,クロエとカヴァルカステルらのイタリア,フランドル美術に関する著作に示される,近代的な美術史観の萌芽に支えられ,15世紀のイタリア美術や北方ルネサンスヘの関心が急速に高まり,英国における美術嗜好の転換を-243-
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