鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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(S94, 1857年,ペン,インク,大英博物館)は,1864年に水彩画《ギャラハッド卿と面から成っている(注14)。ロセッティは入口左上から1点目の《聖杯の幻を見るランスロット卿》を制作し,その他に構想のみで壁画として実現しなかった《聖杯を受けるギャラハッド卿,ボーズ卿,パーシヴァル卿》のドローイングと,壁画として構想されたという記録はないが(注15)同じ時期に制作された《ギネヴィア王妃の部屋のランスロット卿》が,壁画制作を契機に生まれた作品群を形成している。《ランスロット卿と聖杯の夢》〔図9,下絵:図10〕は,中世以米写本に描かれてきたものであり(注16),ランスロットが古い礼拝堂の前で眠りにつき,夢に訪れる王妃ギネヴィアとの不義の愛のために聖杯を見ることができないという運命を描いている。部分下図に様々な方向を向いた天使たちの姿がはっきりと見て取れるが〔図11〕,《アーサー王と嘆きの王妃たち》にも同様に頭を寄せ合う表現が見られる。この表現には,アンナ・ジェイムスン『聖母の伝説』(1852年)上でニッコロ・アルノに帰属された《玉座のマドンナ》や,ロセッティが見たファン・エイクのゲント祭壇画の《合唱する天使たち》(1432年)等,15世紀イタリア絵画や北方ルネサンス絵画の影響が見られる。壁画の下絵であった《聖杯を受けるギャラハッド卿,ボーズ卿,パーシヴァル卿》ボーズ卿,パーシヴァル卿かいかにして聖杯を手に入れ,パーシヴァル卿の姉妹は途上で亡くなったか》として完成した〔図12〕。水彩ヴァージョンに描き加えられた騎士たちと天使たちを区切る編垣は,『薔薇物語』フォリオ23v〔図13〕や,ラスキンが所有していた15世紀の『聖務日課書』(注17)に描かれているものである。ここで,この時期の第二次ラファエル前派の作品に見られる,奥行きの狭い,閉じられた空間表現について考察してみよう。室内空間では背景を壁紙などによって文様化する手法か用いられることが多く,この作品でも,編垣を覆う布の文様は,人物の衣装の文様とともに平面性を強調しているが,たとえば『フィリッパ王妃の詩篇集』の基本的な手法である装飾的な文様で背景を埋める手法の影響を見ることができる。また,屋外空間の表現では,前景のすぐ背後に,垣根,塀,壁など平らな面を置く例が多く,トルーヘルツが指摘しているように(注18),『クリスティーヌ・ド・ピザン作品集』『薔薇物語』等に見られる蔓薔薇のからむ垣根で囲まれた庭園の表現を借用している(注19)。いずれの作品でもこれらの垣根が手前の狭い空間を背景から切り離すため,いわば舞台のごとき浅い空間の中で主題が展開することになる。しかも垣根などを画面と並行して置いて,様々なモチーフに満ちた前景の平面性をいっそう強調し閉塞した空間を-248-

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