鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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6'おわりに1860年代はじめ,《クリスマス・キャロル》,ランダフのカテドラルの祭壇画《ダヴィ22)。この『湖のランスロ』および『王妃フィリッパの祈躊書』との作品比較から,ロ作り出すこととなる。この閉塞感はロセッティおよびバーン=ジョーンズの1860年代後半からの作品にも受け継がれていくものである。《王妃の部屋のランスロット卿》〔図14〕の場面は,『湖のランスロ』においては王妃ギネヴィアの部屋のある建物を騎士たちが取り囲む構図だが(注20),ロセッティは室内空間に場面を設定している。ヴィクトリア朝において,ランスロットとギネヴィアの愛情表現が描かれていることは稀で,その珍しい例である本作品においてさえ,騎士としてのランスロットは王妃だけではなくその3人の侍女をも守る設定となっている(注21)。しかしながら天を仰ぐ王妃の表情に,王妃とランスロット卿の密通の現場をアーサー王の配下の騎士たちが襲うという運命の瞬間が凝縮されている。この王妃の表情の下絵を見ると一層はっきりするが〔図15〕,わずかに開いた唇の間には歯が見える。このグロテスクともとれる表情は再び『薔薇物語』フォリオ83v〔図8〕のサムソンの表情を思い出させずにはおかない。また,画面奥に平行に置かれた寝台は,奥行きを狭め,空間を閉鎖する役割を果たしているが,この構成はデューラーの《肖像を描く画家》〔図16〕に見られ,ロセッティが参考にした可能性が強いといえる。アーサー王物語を主題とした作品群を全体として見ていくと,ロセッティはより古い『湖のランスロ』から,浅い空間の設定,画面に対して大きな比率を占める人物像,小画面の枠にあわせた図式的な構図,そしてプリミティヴで力強いポーズや表情を学んだように思われる。小画面の枠にあわせた構図という点については,ロセッティはデの血統》等の作品においても,14世紀初頭の『王妃フィリッパの祈蒻書』のマージン装飾やイニシャル装飾に見られる特殊な画面の枠に沿った構成を取り入れている(注セッティが中世彩飾写本独特の画面構成を積極的に取り入れていたことを指摘できよう。一方,衣装,家具,建物といった個々の要素の細部と,複雑な,たとえば前景と後景の遊離した空間構成において,華麗で装飾的な15,16世紀の『クリスティーヌ・ド・ピザン作品集』や,『薔薇物語』の影響を受け,さらに15世紀のイタリア絵画やフランドル絵画デューラーの版画など,複数のi原泉から様々な要素をとりいれたことが明らかになったと思われる。いいかえれば,アーサー王物語を主題とする作品群に-249-

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