鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
259/590

注おいて,ロセッティは彩飾写本を中心に,様々な源泉からイメージをとりいれて中世の物語世界を構第しようとしたといえよう。また,詳述は省略するが,1857年前後にまとまって描かれた一連の中世的な室内空間を描いた作品(《七塔の歌》(S92,1857年,水彩,テイト・ギャラリー)等)にも,やはり彩飾写本の強い影響が見られ,これらの着彩作品では色彩の効果や連続文様による画面の平面化に彩飾写本の手法の応用を認めることができる。また,1850年代後半にロセッティの影響下に画家としての訓練を始めたバーン=ジョーンズやデザインに取り組み始めたウィリアム・モリスの同時期の作品にも,共通の傾向を見出すことかできる。ロセッティら第二次ラファエル前派が,様々な源泉からの要素をもとに,独自の装飾的,平面的な絵画空間の構築を試みた結果は,彩飾写本に見られる造形原理の彼らの独自の解釈にはかならない。そこには,積極的に中世写本の造形原理を評価し,平面的な,あるいは象徴的な,あるいはプリミティヴな空間の構成を学び,作品に再現しようという意図を見ることができる。さらに,細部の描写は華麗で装飾的な15世紀末から16世紀にかけての彩飾写本からとりいれるなど複数の源泉を組み合わせていることも注目してよい。ィア派へと,関心の対象を発展させていくが,写本に学んだ空間構成や,モチーフによる神秘的,象徴的な内容の暗示は基本的な要素であり続けたといえる。異なる時代に描かれた彩飾写本から造形の要素を選択し,組み合わせることによって,独自の造形原理を組み立てる過程は,19世紀英国のアクチュアルな中世美術再評価の動きに則したものである。第二次ラファエル前派における中世彩飾写本の造形の反映は,過去の美術に対する分析的な,あるいは相対的な視点を示したという点で,19世紀のイギリス美術の流れを形作る興味深い現象であるといえよう。この現象の根本的な意味は,さらに,19世紀の終わりから20世紀にかけての,二次元平面としての美術の再構築,すなわち透視図法の解体や新たな色彩理論の誕生といった,ヨーロッパ美術の大きな潮流までをも視野に入れることによってさらに明確にする必要があるだろう。*ロセッティ作品には,V.Surtees, "Dante Gabriel Rossetti 1828-1882, Catalogue 1860年代以降,第二次ラファエル前派は15世紀イタリア絵画から,16世紀ヴェネッRaisonee, 1971" の総目録番号を記号Sを付けて記した。-250-

元のページ  ../index.html#259

このブックを見る