⑭ 中世浄土系肖像彫刻の基礎的研究研究者:神奈川県立歴史博物館主任学芸貝薄井和男中世浄土系宗派の浄土宗,浄土真宗,時宗において,その信仰のおもな対象となる彫刻として,本尊阿弥陀如来像のほかに,宗祖,祖師,歴代上人,諸派祖,諸派歴代,各寺院開山などの肖像が相当数伝存している。これらの肖像彫刻については,個々の作例の紹介が行われたり,時宗の七条道場金光寺1日蔵の長楽寺祖師像群の研究が進展したり近時,注目される機会も多くなってきた。そこで,私はこうした浄土系の中世作例,特に十五世紀前半の室町前期頃までに造立された作例を体系的に考え,禅宗の頂相彫刻と同様,浄土系肖像として,彫刻のひとつのジャンルに構成する意味があろうと考え本研究に取り組むこととした。最初に各宗派別の,肖像彫刻造立の背景と実作例の遺存状況について述べておくことにする。中世浄土系三宗派のうち,まず浄土宗においては,宗祖法然に対する熱烈な祖師信仰を背景として,御影の制作が早くからおこった。『法然上人行状図絵』によると,法然の御影は上人在世中に絵像が五,木像が一あったといい,法然が弟子の勝法房の描いた真影に合わせ鏡で直しをしたという「鏡御影」をはじめ絵像には著名なものが多い。一方,木像すなわち肖像彫刻は,知恩院の御影堂に武蔵の御家人桑原左衛門入道が報恩のため造立,法然自身が開眼した像があったという。しかし現在この像は伝存しておらず,南北朝期頃の後世の作に代わっている。現存の法然上人彫像で最も古く,かつ優れた作例は,当麻寺奥院の本堂に安置される像で,内衣・法衣のうえに袈裟をかけ践坐して両手で念珠を爪ぐる形姿につくられた十四世紀の作例である。が,これらを除くと浄土宗における中世期の肖像彫刻の遺作は思いのほか少ない。法然上人以外には法然の法系として唐の善導大師の像が数多く造立されたようだが,これは純粋の肖像彫刻とはいえず理想化された,礼拝対象としては,むしろ仏像に近いものと見なすべきであろう。また歴代上人,派祖上人等の像には福岡・善導寺大紹正宗国師坐像(鎌倉時代)のような優れた像もあるものの,中世作例は乏しく浄土宗の場合,彫像より画像・絵伝などに祖師信仰の対象としての存在があったように思われる。浄土(-) -291-
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