3.結び:アヴァンギャルドの三つの顔(合理主義,ュートピア思想,リアリズム)従来の応用美術から大きく踏み出すものではなかった。結局,生活環境と直接的に関わる生産物はほとんど生み出せなかったのである。こうして内部と外部の双方に問題を抱えたヴフテマスは,基礎コースでの形式的探求と専門コースでの実践的訓練に基づいて,芸術性と技術の両面でレヴェルの高い芸術家を育成する,という当初の目的を放棄し,より限定的な教育へと活動を縮小させてゆく。基礎コースの期間は短縮され,個々の部門での技術教育が重視された。そして1927年,ヴフテマスはヴフテイン(国立高等芸術美術学校)に改称されるが,そこでは各部門が完全に独立した存在として運営されるようになる。当初,構成主義/生産主義と反構成主義/生産主義の対立という構図のもと,従来のアカデミーとは異なる理念に基づく,アヴァンギャルドの美術教育を検討するつもりで調査を行なったが,そもそも構成主義/生産主義は,数限りない議論を通じて形成された流動的な運動であり,揺るぎない理念に基づく統一体ではありえなかった。また,反構成主義/生産主義の側も,バウハウスにおけるイッテンやカンディンスキーらのように,アヴァンギャルドでありながら芸術の個人主義/精神主義的側面に固執し工業美術を否定した存在から,ヴフテマスにおける旧アカデミー系のリアリズム芸術家まで,その立場は実に幅広いものであった。したがって,構成主義/生産主義にしろ反構成主義/生産主義にしろ,全てを一括りにして論ずるには無理がある。だが,それ以上に重要だと思われるのは,構成主義/生産主義「対」反構成主義/生産主義という二項対立そのものの再考である。例えば,イッテンやカンディンスキーらの内面や精神性を重視する神秘主義的芸術観は,かつては形式主義的で主題・物語的内容を持たないと思われていた抽象絵画全般を貫く理念であったという事実が,1970年代以降のリヴィジョニズム的研究を通じて明らかにされた。こうした神秘主義的な芸術観は,時として抽象という「普遍的」芸術言語による「普遍的」世界観の確立と表明,すなわちユートピア思想へと転化していった。そして,こうした「普遍的」共同体への憧憬は,絵画だけでなく,一見合理的・機能主義的に思われる建築やインダストリアル・デザインにも見られるものであった(規格化=普遍化された建築やデザィンを通して,異なる文化や環境を超越した近代都市を鋳造しようとする欲望)。したがって,構成主義/生産主義における杜会の変革と,神秘主義的なユートピア思想は,-308-
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