鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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⑰ テニアン・ボイオティアン・グループ「誕生のピトス」頚部図像研究研究者:大阪大学文学部博士課程曽川八朗テニアン・ボイオティアン・グループと呼ばれるレリーフ・ピトス(レリーフのほどこされた大甕)群を実見し,年代決定と図像の研究の基礎資料となる写真の撮影のため助成をしていただいたが,本稿では限られた紙数なので上グループの中でも従来議論の分かれていた「誕生のピトス」の頚部図像の解釈の問題について,私見を述べたい。「誕生のピトス」は,テノス島のホブルゴからほぼ完全な形で出土したピトスで,前7世紀の前半の作とされる。年代決定の主要な研究としては,シェーファーのものとキャスケイのものがある(注1)。この「誕生のピトス」については,両者とも前7世紀の前半としており,私も今回実見する機会を持ち,この年代か妥当だと考えた。「誕生のピトス」は,前面にのみ図像表現がなされている。胴部は,四層のフリーズが描かれている。上から,馬の列,人や獣を襲う獅子,馬に引かれた戦車の列,戦士の列である。獅子というモチーフを使うこと,ひずめや後脚の形の取り方に動物の体の細部に対する観察眼をうかがうことができること,獅子の顔の中に側面からでなく真正面から描かれているものがあることなどから,東方化様式との対応が考えられる。そのことが,前7世紀前半という年代決定の主要な根拠となっている。頚部の両側には取っ手がついており,メアンダーとジグザグで飾られている。頚部図像〔図1〕では,中央に大きな人物像が椅子に座っている。その頭から,両手に何かを持ち,兜をかぶった小さな人物像の上半身がはえだしている。大きな人物像の左には,足先だけを残して下半身まで覆う衣を着た人物像が描かれる。その右手にはナイフのようなものが握られている。画面の右下には裸の人物像が描かれ,三足器の前にひざまずいている。画面の右上にも,人物像があり,下半身は大部分欠損しているが,足先だけ残っている。この図像の解釈について,このピトスの発見者のコントレオンと,アルカイック時代の図像研究の権威であるシェフォルトの間に,見解の相違がある。コントレオンによると,この図像は,レアの頭から生まれるゼウスを表わしている(注2)。他方,シェフォルトによると,ゼウスの頭から生まれるアテナを表わすとする(注3)。以下,コントレオンとシェフォルト,及び,シェフォルトを支持するジモン(注4)の三者-321-

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