鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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の論文もしくは著作を参照しながら,この議論の論点を整理していく。解釈の典拠は,シェフォルト側は,ホメロス以米,い〈つも存在する。「誕生のピトス」の製作年代である,前7世紀前半に近い年代の典拠としては,ホメロスやヘシオドスがあげられる。ホメロスの「イリアス」では,頭からとは限定していないが,ゼウスがひとりでアテナを誕生させたという下りがある。「あの手に負えぬ娘(アテナ)は父上(ゼウス)がおひとりでお作りになった子であるからでもあろうが。」とアレスに語らせている(注5)。ヘシオドスの「神統記」において,初めて,アテナがゼウスの頭から誕生するという下りがみられる。「そしてゼウスみずから輝く眼のアテナを生まれたのだ御自分の頭から」(注6)他方,ジモンによると,コントレオンの側は根拠となる文献がない。頚部図像自体における,解釈上の問題となる点としては,椅子に座る人物像とその頭から出る人物像が,それぞれ男性と女性とどちらに判断されるべきか,という点が挙げられる。椅子に座る人物像をレアと解釈するコントレオンは,それが女性を表わしていると主張する。その根拠として,第一に,人物像が正面を向いていることを挙げている。アテナの誕生のゼウスは横を向いているのが普通で,正面向きのゼウスはけっしてないと主張する。第二の点として,人物像が短いキトン(古代ギリシャの衣)を着ていることを挙げている。普通,男性は長いキトンを着ると主張する。他方,シェフォルトは,椅子に座る人物像がゼウスであるとし,男性を表わしていると主張する。その第一の理由として,男性が短いキトンを着る例があるとする。テニアン・ボイオティアン・グループの「ペルセウスとメドゥーサのピトス」の頚部閻像〔図2〕のペルセウスが,短いキトンを着ている例を挙げる。第二に,ジモンが人物像にひげを確認したと,シェフォルトが主張している。第三に,人物像の首が「ポトニア・テロンのピトス」の頚部図像〔図3〕の中央の人物像と違って首が細いことを理由として挙げている。ジモンは,シェフォルトを支持して,人物像を男性だとする。その根拠として,ひざより上で終わるスカートを女性がはくことがおかしい,正面像については,黒像式のアンフォラに例外がある,との二点を挙げる。正面向きの顔が女性と結び付けられる理由は,次のように説明できる。幾何学様式の人物像の顔は,すべて横顔であった。東方化様式の時代になって新たに,正面向きの顔が登場する。それらは東方からの影響だと考えられ,シリアの女神像が元になっ-322-

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