鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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と主張する。さらに,右上の人物像はヘファイストスではないとする。その理由として,足が変形されておらず,足の不自由な者として表現されていないからと主張する。シェーファーは,左下の人物像をエイレイシャ,右上の人物像をヘファイストス,右下の人物像をヘルメスとする。はっきりと同定の根拠を語っているのは,ヘファイストスだけで,足の不自由な者として表現されているからとする。コントレオンに論拠を挙げて積極的に反論しているのは,ジモンである。まず,左下の人物像については,エイレイシャであるとする。そして,手に持っているのは,助産婦のナイフであるとする。右上の人物像が,足の不自由な者と表現されているか否か,コントレオンとシェーファーとで見方が異なっていたが,ジモンは,これに対して具体的に足の不自由な者と表現されていると指摘する。つまり,この人物像は,両足のつま先がともに内側に向いている特殊な足の表現を持ち,これは足の不自由な者を表現しているとする。同時に,アルカイック時代のヘファイストスの足の表現は,特に変形されていないのが一般的だとも付け加える。そして,左手は欠損しているが,そこに持たれていた手斧の跡が見えるとする。右上の人物像は,下半身を中心に多くの部分が欠損しているが,ジモンのいうとおり,両足のつま先がともに内側を向くという特殊な表わしかたをしている。欠損した左手の辺りに,ジモンのいう手斧の根拠になったと思われる刻線が見えるが,私には,手斧と判断できるほど明確なものに見えなかった。しかし,特殊な足の描き方から,ヘファイストスと同定することは可能だと思われる。エイレイシャとの同定は,根拠が薄い。しかし,もし,ェイレイシャであったとしても,助産の女神が,ゼウスとアテナのどちらの誕生の場面にいあわせてもおかしくない。以上を総括すると次のようになる。アテナの誕生を主張する側は,典拠となる文献がある分だけ有利である。どこに反論の余地があったかといえば,主として前6世紀のアテナの誕生に多く見られる図像タイプと多くの点で異なることに対して疑問が投げかけられているといえよう。一方,この図像は,誕生するのがアテナかどうかは別として,神的な存在の頭から,神的な存在が生まれるという奇跡の場面を表わしていることは疑えない。アテナの誕生として異例な点が多いということは,製作年代が早いという特殊性に帰せないか。ヘシオドスのアテナがゼウスの頭から誕生したとする記述と,このピトスの製作がほぼ同時代であることに注意しよう。この頚部図像は,頭から神が生まれるという奇跡の物語の形成過程の状態を表わしていると考えられな--324-

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