鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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前6世紀の黒像式のアンフォラに描かれた,エイレイシャ〔図7〕がそれである。ゼいだろうか。そこで注目したいのが,椅子に座る人物像をはじめ,表わされているすべての人物像が翼を持つことである。それも,その翼が背中からではなく,胸から生えるという特殊な表現で表わされていることである。ゼウスがこのように胸から生える翼を持つことは,異例である。シェフォルトは,翼を持つことについて,イオニアの芸術では,よく神霊を表わすのに用いられるとしている。そこで,このように胸から翼が生える図像を集めてみた。まず,アテナの誕生の図像の中にも,胸から生える翼を持つ神を描いたものがある。ウスの両脇の人物像の手の差し伸べ方が,他のアテナの誕生のエイレイシャの手の差し伸べ方と共通する〔図8〕ことから,この図像は,アテナの誕生の直前の場面だと考えられる。ポトニア・テロンの図像の中にも,胸に翼を持つものがいく例か存在する〔図9・10〕。この中で最も古いものは,前9世紀のクレタのものである。ポトニア・テロンとしてのゴルゴンとそうでないゴルゴンにも胸から翼か生えているものが存在する〔図11・12〕。アリスタイオスの図像の中にも,胸から翼が生えているものがいく例か存在する〔図13〕。アリスタイオスは,アポロンの息子で,オリーブとハチミツの発見者である。ゲーとホーライによって,アンブロジアで育てられ,不死になったとされる。手に農具であるマトック(ツルハシの一種)を持っていることから,一群の図像がアリスタイオスに同定される(注8)。テュフォンにも,胸に翼を持つものがある。〔図14〕では,イカズチを持つゼウスと相対している魔物がいるが,ゼウスと相対していること,下半身が蛇であることから,テュフォンと分かる。このテュフォンも胸に翼を持つ。アミュエトイの図像にも,胸に翼をもつものが存在する〔図15〕。アミュエトイとは,タルタロスで底のわれた甕に無益に水を注ぎ込む人々である。〔図15〕では,シジフォスが石を転がしていることからタルタロスであると分かる場所で,甕に水を入れている人々が描かれている。このことから,これらの人々は,アミュエトイと考えられるが,その胸からは翼が生えている。ハーピーの図像にも,胸に翼を持つものが存在する〔図16〕。〔図16〕は,インスクリプションからハーピーと同定されるが,胸に翼を持つ。ラコニアの前6世紀の黒像式の杯にも,胸から翼を出し,両手に花冠を持つ精霊が表わされている〔図17〕。主格である馬に乗る神が,頭から植物を出していることから,豊饒信仰に係わりを持つ可能性がある。以外に,胸から翼を出す女神の図像を三例見つけた。〔図18• 19 • 20〕である。-325-

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