Prolegomena to the Study of Greek Religionであろう。その最初の四章で,ギリシこのようにみていくと,胸から翼が生えている神格は,大きく分けて三つのものを表わしていることが分かる。一つは,ゴルゴン,ハーピー,テュフォン,アミュエトイといった魔物である。もう一つは,ポトニア・テロン(注9)'アリスタイオス,そして,前6世紀のラコニアの杯の精霊のような豊饒信仰に係わりを持つ神格である。三つ目は,エイレイシャや他の女神たちである。これら三種類のものに,胸から翼か生えている例があることをどう考えるべきか。そこで,私は,この三種類を結び付けるものとして,前オリンピア的神格に注意したい。前オリンピア的神格について最初にまとまった形で提示した書物は,ハリソンのャの豊饒儀礼の中に,オリンピアの神々とは別に,名づけられない精霊に対する信仰が含まれ,それが厄除けの側面を持っていたことを,ハリソンは示した。このような名づけられない精霊を,オリンピアの信仰以前にあったプリミティブな信仰の名残りであるとして,前オリンピア的信仰とハリソンは名づける。さらに,ハリソンは,五章以下で,考古学的資料と文献資料を用いて,前オリンピア的信仰の性格を明らかにしていく。そこで明らかにされだ性格の一つとして,女神が信仰の中心であったことが挙げられる。たとえば,ハリソンは,アテナとポセイドンの主導権争いがあり,その結果子どもの名字が母親のものから父親のものに変わったというアテナイの古い伝承を引いて,前オリンピア段階では,父系より母系の方が優位であったことを示す。また,当時公にされ始めた青銅器文明の遺物の女神像などを使って,女神が前オリンピア的信仰の中心であったとする。さらに,農耕の女神であるデメテルや大地に対する信仰などにその名残りがあるとする(注10)。ハリソンが明らかにしたもう一つの前オリンピア的信仰の性格は,禍福をともに与えるということである。〔図21〕では,下半身が蛇で上半身が人間の精霊がブドウを収穫している。ブドウを収穫していることから,ハリソンはこれを豊饒の精霊と呼んでいる(注11)。この下半身が蛇で上半身が人間という姿は,ハリソンが名づけがたい精霊から分化してできたと考えるテュフォンなどの魔物の姿と同じである。このことは,前オリンピア的信仰の神格が,禍福をともに与える存在であることの証となる。ハリソンは,また,「ケーレス(精霊)の良いと悪いの二つの性質の観念は,二つの面を持つケーレスという表現に残っているように思える。」としている(注12)。このように,禍福の分化を遂げていず,ホメロス的なオリンピアの神格のように権能による分化も遂げていないと,ハリソンは考える。-326--
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