鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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⑪ 画中樹木の研究研究者:青山学院大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程はじめに絵巻物などの絵画史料を見るとき,そこには様々な場面に,実に多様な樹木が描かれていることに気付かされる。それらの樹木の美しい描写の数々は,絵巻物の大きな魅力のひとつであるといえよう。これは,ひとり絵巻物に限ったことではあるまい。屏風絵・障壁画などといった日本絵画の全体を見渡してみても同様であるといえるだろう。これらの描かれた絵画中の樹木について,従米の研究はどのようなとらえ方をしてきていたのであろうか。これまでの研究においては,樹木は春の桜,秋の紅葉といったように四季の移ろいを表すもの,あるいは,所々の名所に付随するものとして,その景趣を表現する「景物」のひとつとして捉えられることが多く,「月次絵」「四季絵」「名所絵」あるいは「景物画」といった絵画と密接な関係を持つものとされている。この評価自体は至極当然のことであり,あえて異論をさし挟むつもりは全く無い。しかしながら,さま苔まな絵画中の描かれた樹木たちをながめるとき,そこには,より多様な意味合いが込められているのではないか,という思いが浮かんでくることを禁じえないのである。この思いはひとたび絵画史料以外の文献史料に目を向けるとき,さらにはっきりとしたものとなる。説話集・和歌などの文学作品や寺杜縁起,古文書・古記録などの諸史料からは,断片的ながらも当時の人々の樹木に対する多様なイメージを伺うことができる。それらの中には,現代の我々が既に忘れさってしまったものも数多く含まれており非常に興味深いものがある。このようなことを前提にすれば,これらの樹木に対するイメージは絵画表現にも少なからず影響を与えていたと考えるのが自然ではなかろうか。無論,絵画作品の場合は,そこに描かれた場面やモチーフが,そのままダイレクトにその作品が制作された時代のそれを反映するものとは必ずしも断定することはできず,慎重に検討すべきであり,さらに,絵画表現における虚構性の問題についても充分に考慮する必要があることは言うまでもない。現在の我々がなすべきことは,こういった問題を考慮しながら,改めて絵画史料を美術史,歴史学の双方の蓄積をふまえ工藤健一-365-

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