鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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―ーコ(UmbertoEco)の思想か中心的に利用される。西洋庭園歴史と比喩的研究文学的主題としての庭園,とくにhortusconclusus(閉ざされし庭)や,恋人たちが戯れる魅惑の場所としてのlocusamoenus(愛の園)などは,「伊勢物語」や「源氏物語」などの物語文学の中に見られる庭園的主題との関連から考察を加えることができる。西欧における「愛の園」が中世文学や現実において果たした役割について考える際には,オヴィディウスから「薔薇物語」を経てその後も続いていく系譜が主として分析の対象となるが,この分析においては,中世では官能的あるいはセクシュアルなイメージが,個人と聖なる存在(神,仏陀など)との間の完全な関係という思想と結びつくものであったことが重要視されるであろう。「薔薇物語」の語る四角い壁に囲まれたhortusconclususというような愛の園が実際にあったことはフランス.カルヴァドスのプレッシースーグリモルト(Plessis-Grimoult)で出土した遺跡で伺われる。る。ペルシャおよびイスラム庭園については,中世における寓喩化のモデルとして考察される。とくに,情愛の言葉が魂の神への関係のアレゴリーに用いられる点が注目され,またその中に庭園に完全性にかかわる豊穣なイメージや,あるいは天国の隠喩としての庭園のイメージが頻出する点が重要である。ここで利用される文学テキストはルーミ(Rumi),ネザミ(Nizami),オマール・ハイヤーム(OmarKhayyam)などである。本研究は構造主義および記号論的な方法にしたがって進められるが,ポスト構造主義の思想家よりはむしろ,C.S.パース(C.S.Peirce)およびウンベルト・エ比喩的研究の文学的面では,「源氏物語」などの庭の場面には,案外に中世西欧のクレチェン・デ・トロワ(Chretiende Troyes)の「クリジェ」(Cliges)などのロマンス文学のように,寓喩的な要素が多い。たとえば,「源氏物語」の「胡蝶」の紫上の永遠の春の庭の池に[まことの知らぬ国に来たらむ心地して」,「亀の上の山もたずねじ……」,特異な環境には,読者を入らせてしまい,これも又,英文学のガウエイン(Gawain)詩人の夢の詩によく出るlocusamoenus(愛の園)と共通点も多く,本研究の論じる「中世化主義」の要素と解釈される。(Elizabeth Zadoura-Rio, "Hortus Conclusus: Un jardin medieval au Plessis-Grimoult (Calvados) ", in Melanges d'archeologie et d'histoire medievales: XX VII, Geneva : 1982)案外これは,中世西欧筆写本の絵画によくみられる例と似てい-385-

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