鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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⑭ 慶長期造形史の研究〜宗達を中心に〜研究者:萬野美術館学芸主席田中英―はじめに宗達(〜1602■1630■)が活動を始める慶長期(1596■1615)を中心とする時代の絵画は,例えば狩野光信の穏やかで韻律に満ちた作風が再評価されつつあるように,決して豪壮な桃山前期様式の衰退という側面だけから捉えられるものではなく,そこには全く新しい美意識の息吹が認められるものと考えられる。そして,それは工芸を含めた造形活動全般において確かめられるものであろう。特に宗達においては,最初期の慶長年間の制作になる金銀泥下絵において,後の障壁画等の様式がすでに準備されていることに気づかされる。したがって,宗達を理解するためには同時期の造形様式を広くかつ厳密に分析し直す必要があり,また逆に宗達全体を理解することによって慶長期の造形活動の特質が明らかになるであろう。ここでは,宗達の慶長期の作品の中でも代表的な作品であると考える畠山記念館所蔵の《四季花丼下絵古今集和歌巻》(以降《畠山本》と呼ぶ)を実見させていただく機会が得られたので,その報告とともに若干の考察を加えておきたい。本研究の最終的な目的は宗達の造形活動を総合的に捉え直すことであるが,本稿はその基本的な問題を提議するものとしたい。1.《畠山本》について《畠山本》は,長尺の巻子に宗達が四季の花木一竹,梅,躁肱蜀,蔦を金銀泥で描き,その上に本阿弥光悦(1558■1637)が『古今集』雑歌一九首を書写した書画巻で,数多い両者の書画合作のうちでも最も優美で品格に充ち,その代表作とすべき作品である。本作は昭和40年春に初めて畠山記念館において展示されてよりその存在が一般に明らかになり,昭和42年には未指定物件から重要文化財に指定されている。また,昭金銀泥絵とともに良質のカラー図版で全図が公開され,その真価と革新性が広く認められるところとなった。静かに並ぶ竹林,咲き誇る梅花,緩やかな地平に散らばる蹄躙の群,眼の前いっぱいに拡かる蔦の葉と,金泥銀泥は背景となる白地に映えている。この本紙の紙は胡粉和53年に出版された国華杜編『光悦書宗達金銀泥絵』(注1)では,宗達の他の多くの390~

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