⑮ 江戸琳派における物語の絵画化・意匠化について研究者:学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程横山九実子物語や和歌という題材は,造形の各分野に様々な名品を生んでいる。中でも,琳派は物語主題の作品において,「人物の居る物語絵」と「人物の居ない物語絵」という,他の流派には見られない二つの世界をもって豊かな展開を見せてきた。このうち,俵屋宗達・尾形光琳をはじめとする京琳派については,既に山根有三氏,西本周子氏,仲町啓子氏らによってすぐれた研究成果が提出されている(注1)。しかし,酒井抱ー・鈴木其ーに代表される江戸琳派研究には未だ多くの課題が残されており,物語表現に関する考察も十分ではない。酒井抱ーとその門人たちは,四季折々の花鳥風月を題材とする絵画作品を数多く制作する一方で,『伊勢物語』『源氏物語』といった古典文学やお伽噺など,物語に取材した作品にも少なからず取り組んでいる(注2)。本研究は,江戸琳派の作家たちによる物語を主題とした絵画作品を取り上げて「江戸琳派における物語の絵画化・意匠化」の問題に取り組み,その表現方法,造形特質,機能などについて,京琳派作品をはじめ広く同主題の絵画,工芸,文学等と比較しなから考察を試みるものである。本報告では,江戸琳派の物語絵のうち,最も数の多い『伊勢物語』を主題とする作品(以下,伊勢物語図と記す)を取り上げることとする。酒井抱ーとその門人たちの筆になる伊勢物語図は,現在知られるものだけでも二十余点に上る(注2参照)。その全てを真作とは見なし難いが,作品全体を見渡せば抱一落款を伴う図が最も多い。次いで其ー,孤邦ら直門の弟子たちか続くが,第三世代以降の作家においては各々ー,二点を認めるにすぎない。描かれる場面は,第九段より八橋(三点),宇津山(四点),富士山(+点),第十二段の武蔵野(一点),第二十三段より高安の女(三点),河内越(一点),第六十五段の膜(一点),第八十七段より布引の滝(二点),芦屋の浜(一点)となっている(括弧内は作品点数)。いずれも『伊勢物語』の著名な章段からの選択であるが,そのはとんどは京琳派の作品において既に取り上げられてきた場面である。このうち,「八橋」「宇津山」「富士山]「高安の女」「河内越」「誤」「布引の滝」の各図は,酒井抱ーが文化十二年(1815)と文政九年(1826)に刊行した『光琳百図』前-398-
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