鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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3.絵画史の流れの中でた美しさが表されていることが多い。自然景観そのもの(風景画)を描くことはほとんどなかったが,人々の姿を捉えることによって,人々の暮らしを包み込むように広がっている大自然の存在を強く感じさせる表現となっている。作風は明る<穏やかであり,その背景には,生まれ育った田園地帯での落ち着いた生活,広島の温暖な気候風土とともに,日常を豊かな土壌とし,そこにしっかりと根を張りながらも,結実としての芸術世界を大変昇華された清明なものとして位置付けていた和高の明確な意志がある。さて,和高の芸術世界を多角的に検証するため,日欧の絵画史の流れの中に,描かれた「田園」を求めてみた。本稿の主旨と特に関連の深いものを選び,次に挙げる。日本の作品.《信貴山縁起絵巻》(12世紀,〔図6〕)田園,山地など多くの風景描写が見られる。特に延喜加持巻の「剣の護法」童子が空を疾駆する場面で,下界に描かれた秋の山里の描写が目を引く。上空での一大事などつゆ知らぬ風情で女性二人が菜摘みをしており,いかにも日本的なのどかな田園風景が広がっている。こののどかさ,日常性は,空を駆ける「剣の護法」のスピード感,非日常性を強調している。・《一遍上人伝絵巻第2巻第2段》(法眼円伊,1299年)上人一行が伊予国を出立し,見送りにきた弟子の聖戒と別れる場面。桜散り,白鷺が舞い降りる田園風景が広やかに描かれている。・《四季山水図》(山水長巻)(雪舟,1486年)自然と共にある人々の暮らし。田畑らしい描写も。雪舟の代表作として著名だが,夏珪の作をもとにしたもの。雪舟の作品をはじめ水墨画には,悠然あるいは森厳たる自然に包まれる様にして在る人の姿や人界の証(庵橋など)が描かれることが多い。概して禅者の自然観,人生観を反映した理想郷の表現である。・《月次風俗図屏風》(16世紀頃,東京国立博物館)四季折々の風俗として,羽根つき,花見などとともに田植えの様子が描かれる。細かく具体的な描写。・《風俗図襖》(狩野甚之丞,1614年,名古屋城)年中行事の一つとして田植えが描かれている。前景の広々とした田の中で働く人々の姿には躍動感がある。背景にはな-421-

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