4.「田園」の多様性ーミレー,モネ,ゴッホの場合-(1814-75年)は,パリ生活の後,フォンテーヌブローの森に隣接するバルビゾンの中に包み込まれるようにして表現されることが多い(山水画など)のに対し,西欧においては,人間界の存在がより鮮明であり積極的なことである。人間界は自然の中に「包み込まれるように」して在るのではなく,より明快な存在感を示して自然と共に在り,調和している。この調和は人間界の主導によって醸し出されていることも少なくない(《田園の奏楽》など)。次に,画中の田園の役割として注目されるのは,造形上,また,内容の上でも重要な「間(ま)」の効果を発していることである。まず,耕され整えられた土地は平坦であるため,造形的に広々とした空間感覚をもたらす。そして,内容的にも巧みに主題を引き立たせていることが少なくない。《一遍上人伝絵巻(第2巻第2段)》など絵巻物における旅の場面や,《冨嶽三十六景尾州不二見原》などを見ると,空間的,心理的に,「遥かな」思いか誘われる。内容的効果として特に注目されるのは,「田園」のもつ「日常性」である。《信貴山縁起絵巻》の「剣の護法」疾駆の場面,ウッチェロの《サン・ロマーノの戦い》,プリューゲルの《イカロスの墜落のある風景》ではことにその効果が発揮され,対照的に主題の非日常性を強調する。(イカロスでは,日常の中に埋没しかけている非日常の悲劇性か際立つ。)このような「田園」の日常性,穏和な安心できる環境というイメージは,日欧共通のものである。まったくの自然状態と先鋭化しがちな都市文明の間にあって,自然と人が程よく調和している「田園」は,人間の営みのベースとして,独自の位置を明確に示していると言えよう。時疇書や月次図に農耕の場面が描かれることも,季節と暮らしの推移をはかるメジャーとしての田園の位置付けの自然な現れである。この章では,実際の風景を直接的に描いた風景画が絵画史上初めて主導的役割を演じた19但紀において,「田園」の主題に取り組んだ三人の画家の作品世界に着目し,彼らの「田園」を検証する。(本研究期間中,パリ,オーヴェール,ジヴェルニー,ノルマンディー海岸,南仏を訪ねることができたのは,今後の研究のためにも大きな収穫であった。)フランス・ノルマンディー地方の小村の農家に生まれたジャン・フランソワ・ミレ村に移り,《落穂拾い》,《晩鐘》など,農民の生活をテーマとした作品を描き続けた。-424-
元のページ ../index.html#433