鹿島美術研究 年報第14号別冊(1997)
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—浄土寺本について一⑱ 弘法大師伝絵の系統的研究研究者:奈良大学文学部助教授塩出貴美子(1) 研究成果の概要と本稿の主題本研究は,数多く伝存する弘法大師の伝記絵(以下,大師伝絵と称する)を網羅的に調査し,それらを系統的に分類整理しようとするものである。平成八年度の成果としては,副題に掲げた尾道市浄土寺蔵「弘法大師絵伝」八幅や,近年所在不明となっていた東寺観智院旧蔵「弘法大師行状絵詞」十二巻(久保惣記念美術館蔵)など数件の作品調査と,これまでに調査した作品についての諸考察を挙げることができるが,そのうち次の二点については既に成果の発表を行っている。一つは,管見に及ぶ限りの巻子本作品(以下,大師伝絵巻と称する)を,梅津氏の五系統分類(注1)に則って整理し直し,その全体像を概観した点である(注2)。平成七年に刊行された『角川絵巻物総覧』には23件の大師伝絵巻が五十音順に収録されているが(注3)'今回は同書では除外されたもの(所在不明の作品と江戸時代以降の作品),および同書の刊行後に見い出されたものを加えながら,それらを系統別に呈示することを試みた。その結果,「高机大師秘密縁起」系統5件,六巻本「高野大師行状図画」系統5件,十巻本「高野大師行状図画」系統22件,「弘法大師行状絵詞」系統5件,版本「高野大師行状図画」系統6件,以上合計43件を挙げることができた。また,各系統内の作品の相互関係についても可能な限り言及した。もう一つは,「高祖大師秘密縁起」系統の現存最古の完本である安楽寿院本の検討である(注4)。この系統は六巻本「高野大師行状図画」系統とともに,大師伝絵巻の中では最初期に成立したと推定されている。したがって,その検討は大師伝絵巻の成立問題を考える上でも極めて重要な課題となる。この観点に立ち,まず安楽痔院本の全六十六段の内容を他系統の大師伝絵巻と比較し,次いで,その典拠を現存する漢文の大師伝諸本の中に求めた。ただし,これは安楽舟院本についての本格的な考察を行うための予備的検討であり,その結果の分析や安楽舟院本の特質については続稿を執筆中である。さて,ここでは以上の二点については繰り返さない。本稿では,平成八年度に調査した作品の中から,最も興味深く思われた浄土寺蔵「弘法大師絵伝」八幅(以下,浄-432-

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