⑩ 中国絵画における対幅研究者:三重大学人文学部助教授藤田伸也はじめに対幅とは,複数の掛幅から成る一組の絵画という意味である。対幅は,狭義には双幅(二幅対)のみを指し,三幅以上の画幅が対になったものも含めるときは,連幅と呼ぶ場合が多い。しかし,どちらの語を用いたところで,言葉として現代の一般社会に定着してはいない。例えば連幅は広辞苑にはなく,諸橋の大漢和辞典にあたっても対幅,連幅いずれも項目として見当たらない。そこで,ここでは各々の画幅が一幅でも鑑賞できる独立性を持ち,それが対となって完備した絵画となる点に注目して,対幅という語を用いることにした。つまり,単に羅列された複数画面ではなく,画題と構図の両面で完緒性のある図のみを広義の連幅作品の中から抽出し,それを明示するために対幅という語をあえて使用した。対幅の形式と伝来対幅の絵は,一見したところ,表具の形式も構図の上でも単独幅の絵と大きく変わるところはない。特殊なものとして通景ないし通屏と呼ばれるものがあるが,それは縦長の掛幅(長条幅)を連ねて屏風絵のような一つの大画面を成したもので,表装も通常とは異なり,各幅が密着して掛け並べられるように全体の左右両端部のみに表具の柱と軸頭をつける。当然,各幅の構図の独立性は考慮されておらず,通景は一種の障屏画と見ることもできる。こうした通景のような特別なものを除いた通常の対幅作品は一幅でも鑑賞でき,また四幅を二幅づつに分けて掛けても違和感を感じることはほとんどないように構成されている。このため本来は一対として制作された作品が散りぢりになり,元の対幅形式が崩れることも多く,日本に請来された作品においても,琴棋書画図や四季山水図のような四幅対が二組の双幅として分けられたことも少なくない。例えば,呂文英筆「四季売貨郎図」四幅対は二幅づつに分かれ,現在,春景夏景が東京芸術大学芸術資料館に,秋景冬景が根津美術館に所蔵されている。ところで,日本には古くから中国絵画が多数請来され,現在も多く残るが,それらは補筆補彩を受けることも比較的少なく,原形を忠実にとどめているのが特徴である。-456-
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